ワシントンに来て、3カ月が過ぎた。まだ日本との違いに戸惑うことはあるけれど、ここでの暮らしにも慣れてきた。あっという間だと感じているから、きっと楽しめているということだと思う。
我が家の中で一番アメリカ生活に苦労したのは、息子だと思う。友達と離れ、見知らぬ土地で、言葉も分からない中での学校生活は、どんなに心細かっただったろう。自分の部屋で、日本の友達からもらってきた寄せ書きを見ていた姿には、胸が締め付けられた。友達とふざけ合ったり、けんかしたり、自分らしくいられる場所を奪ってしまった。「こんな遠くに連れてきてしまってごめん」、「でも、アメリカでもきっと楽しい思い出ができるよ」‥。どんな声をかけようか考えたが、どれも違う気がして、言葉が出てこなかった。
そんな息子も、3週間ほど前から長い夏休みに入った。学校に行き始めてしばらくは、浮かない顔ばかりしていたが、徐々に学校での様子を話してくれるようになった。学校を楽しめるようになった理由の一つは、同じ学校に通う日本人の子どもたちだ。

「学校生活のいろは」を教えてくれたり、先生との橋渡しをしてくれたりした。息子をすぐに受け入れ、居場所を作ってくれた。見知らぬ場所で過ごす寂しさを知っているから、他の子にも優しくできるのだろう。本当にありがたかった。
もう一つ、息子を支えていたのは、サッカーだ。アメリカに来てからも、週末にあるJリーグやイングランド・プレミアリーグなどの試合を楽しみに1週間を過ごしていた。試合を見ることを目標に、平日を乗り切っていたと言ってもいい。「推しがいる生活」って、こういうことなんだなと思った。
学校で現地の子どもたちと一緒に遊ぶようになったきっかけも、サッカーだった。言葉は分からなくても、一緒にボールを蹴り合うことはできる。サッカーをきっかけに息子に話しかけてくれた子もいたようで「友達に『I like your shoes』って言われた」と、何度も話していた。
そして、何よりも大きかったのがサッカーW杯だ。6月末に、ニューヨークで開催されたグループステージの試合を観に行くことができた。

アメリカに来ることなんて何も決まっていなかった去年、「もし当たったら旅行も兼ねて行ってみる?」くらいの軽い気持ちで、夫が応募した。もちろん対戦カードは決まっていない、場所だけは選べたので、日本から行きやすそうなニューヨークにしてみた。当選のメールが来てからは、チケット代や旅費など厳しすぎる現実が押し寄せてきた。しばらく「本当に行くの?」状態だったが、夫の赴任が決まり、いよいよ現実的に。大きな出費だけれど、最大の難所である飛行機代はクリアできたし、一生に一度の思い出になればと、行くことにした。サッカー好きの息子にとっては「6月にW杯を観にいく」ということが、アメリカに引っ越すこと、そしてアメリカでの生活を過ごす上で、大きな支えになっていた。
去年の秋から販売が始まったチケットは、対戦カードが決まると値段がどんどん高騰した。開幕直前には、チケットや会場に向かう交通費が高すぎることがアメリカでも問題視されていた。準決勝まで進んだ今も、チケットの高騰は続いていて、マドンナやBTSなど豪華アーティストのハーフタイムショーがある決勝戦は、最も安い席でも100万円超えらしい。一体どんな人たちが行くのだろうか‥。
何はともあれ、先月末、試合を観てきた。対戦カードは、イングランドVSパナマ。プレミアリーグ好きの夫と息子とともに、イングランドを応援してきた。盛り上がりは、ダウンタウンからすでに始まっていて、スタジアムに向かうバスを待つ間にも「イングランド!イングランド!」と、「チャント」があちこちで響いていた。
8万人超が入ったスタジアムの景色は圧巻だった。そのほとんどがイングランドサポーターだ。夫の隣に座っていた男性は、出身地イングランドを応援するため、息子とともにオーストラリアから来たそうだ。私たちと同じように、ここにいるたくさんの人がこの日のために、いろいろなことを乗り越えて来たのかと想像し、スタジアムに沸き起こる熱の理由が分かった気がした。

90分はあっという間だった。チャンスが来ればサポーターが一斉に立ち上がりボールの行方を追い、ゴールが入れば歓声を上げ、飛び跳ねる。イングランドが2−0で勝利し、隣の席の親子と喜びを分かち合っていると、会場にOasisの「Wonderwall」が流れてきた。選手たちもサポーターの元に歩み寄り、一緒に大合唱した。お年寄りも若者も、子どももみんなが歌える。試合前の国歌よりもすごい熱量だった。サッカーだけじゃなく、音楽でも一つになれるなんて、エモすぎる。本当に羨ましいと思った。
その様子は日本をはじめ、世界中で話題になっている。アメリカのテレビ中継では、イングランド勝利のあと、アナウンサーが「Wonderwallを聞きましょう」と呼びかけ、この大合唱を聞くのが恒例になっている。
改めて歌詞を見てみた。特にアツいと感じたのが、サビの「Because maybe You’re gonna be the one that saves me And after all You’re my wonderwall」。サッカーはまさに息子を救ってくれた存在かもしれない。そして、あのスタジアムにいたサポーターや選手たちとその思いを共有できたような気がする。息子は、これからもサッカーやたくさんの人に支えられながら、アメリカ生活を送っていくだろう。いつか歌詞の意味が分かるようになって、またあの大合唱に参加できたらいいなと思った。
W杯もいよいよ準決勝。イングランド戦のあとの「Wonderwall」を聞くため、息子と一緒に応援する予定だ。
✒️サリー