【AIRPAQ from Our EARTH Project】「段ボールで恩返しがしたい」段ボールアーティスト・島津冬樹さんインタビュー
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【AIRPAQ from Our EARTH Project】「段ボールで恩返しがしたい」段ボールアーティスト・島津冬樹さんインタビュー

廃棄される自動車の部品を再利用してバッグを製造するブランド「AIRPAQ(エアパック)」のブランドサイト特別企画として、「不要なものから大切なものへ」をコンセプトに、段ボールで財布などを制作する段ボールアーティスト・島津冬樹さんにインタビュー。活動開始のきっかけや段ボールの魅力、今後についてなどを伺いました。

冒険は世界へと。偶然からはじまった段ボールの旅

「これ、本当に段ボール?」そう疑ってしまうほど、精巧につくられた財布。段ボール特有のでこぼこ、果物や洗剤の柄、さらりとした紙の質感。それらは確かに段ボールで、ひとりのアーティストによって生み出されています。

段ボール財布の誕生は、島津さんがアートディレクターを目指して多摩美術大学に通っていた時のことでした。

「2年生の時にお金がなくて欲しい財布が買えなかったので、バイト代が貯まるまでの間に合わせで、たまたま家にあった段ボールで財布を作ったのが始まりです。1ヶ月持てばいいと思っていた財布が1年以上も使えたことに驚きました。それから芸術祭のフリーマーケットで販売するようになって、徐々に活動としてスタートしていきました」

島津さんが拾うのは国内のみならず世界中の段ボール。アトリエには、まるで洋服のようにディスプレイされた世界各国の段ボールが並ぶ。これまでに段ボールを探し求めて訪れたのは30カ国以上、拾ってきた段ボールは500枚にものぼるそう。島津さんが「たまたま家にあった段ボール」から「世界の段ボール」へ目を向けた瞬間はどんな時だったのでしょうか。

「翌年、初めての海外旅行でNYに行ったんです。そこで落ちていた段ボールを見た時に、日本のものと質やデザインも違うし、どれもおしゃれでかっこよくて物凄い衝撃を受けました。そうなるともう観光どころじゃなくなっちゃって(笑)エンパイアステートビルも自由の女神も見に行かず、街中にある段ボールを見つけては、7日間ずっと写真を撮っていました。その出来事があってから『世界中の段ボールを見てみたい』と思うようになって、海外にも拾いに行き始めました」

街中に落ちている一期一会

島津さんの制作の原点になっているもの。それは「貝拾い」。物心がついた頃の趣味で、地元・湘南の海で拾ったものを自分で調べて標本を作っていたそう。「昔は貝博士になりたかったのですが、今目指すところは段ボール博士です」と話す島津さん。さすが博士というところ、各国の段ボールの特徴をすらすらと教えてくれる。

「例えば、アメリカやメキシコの特徴として、おじさんの顔のイラストが描かれているものが多いのですが、これは出荷元の牧場・農場のウェブサイトに掲載されているオーナーの写真が元になっています。イスラエルで見つけた段ボールは、何が書いてあるのか調べてみたら『新鮮たまねぎ』で意外と普通でした(笑)全ての箱はまだ追いきれていませんが、この箱はどこから来ているんだろうって好奇心から調べて掘り下げています」

 アメリカのレタス農家の段ボール
イスラエルのたまねぎの段ボール

段ボールの話になると拾った時の喜びが再び沸きおこるのか、一段と嬉しそうに話をしてくれる。段ボールの魅力は決して表面上に見えるものだけではないと続けます。

「その段ボールがどれくらい旅をしてきたのか、物語性があるものに凄く惹かれます。例えば、被れていたりシールが貼られていたりする段ボールだと、どんな経緯でこういう箱になったのか凄く興味を掻き立てられるんですよね。“奥”にある時間や背景を感じることができるのが、僕が思う段ボールの魅力の一つです」

いずれ不要になるもの、大量にあるものというイメージの染みついた段ボール。話を聞く分には、イージーに自分の欲しいものがぽんぽんと拾えそうな感覚を覚えてしまう。けれど、「段ボールがいかに一期一会であるか」を実感する出会いは、いつも思いもよらない場所に落ちているそう。

「フィリピンでエジプト産のオレンジの箱を発見したんです。僕が段ボール拾いで大切にしているポイントのご当地性が現れているようなピラミッドとかスフィンクス、クレオパトラが描かれていて、凄く欲しかったのですが、ちょうどその時使われていたので貰えませんでした。段ボールって本当『タイミングが命』なんです。どうしてもそれが欲しくて翌年エジプトに行ったのですが手に入れられなくて、そのまた翌年にマレーシアに行ったら、たまたまその空箱と出会ったんです。段ボールって旅しているので、その国に行っても出会えるとは限らないんですよね。巡り巡ってふとした瞬間に出会えるのも段ボールの面白いところです」

クレオパトラが描かれたエジプト産の段ボール

多くの人が興味を示すのは“中に入っているモノ”で、ただの”容れ物”である段ボールは気にも留めません。でも、モノと同じように段ボールもあらゆる人の手に渡り、何キロもの道を走り、何時間もかけて旅をしている。島津さんにとって、捨てられてしまう脇役の段ボールは「主役」であり「宝物」なのです。

伝えたい引き込みたい段ボールの魅力

大学を卒業して就職したのは大手広告代理店。“アーティスト”とは反対側に位置する仕事の合間に、自分の活動を冷静に見つめて生まれたのが「不要なものから大切なものへ」というコンセプトでした。

「僕がこの活動をしているのは、ひたすら段ボールが好きだからなんです。当時、アップサイクルやSDGsなどの言葉はまだなかったですが、活動初期から“リサイクル”みたいな言い方はしたくないとずっと思っていて、自分の活動を自分なりの言葉で表現したら、自然とこのコンセプトになりました」

3年半勤めて退職した後は、しばらくイラストレーターやデザイナーの仕事をする傍ら地道に段ボールの活動を発信。活動を始めて12年になる今、自分で財布を作るよりも、どうやって段ボールの魅力を伝えれば良いのか「伝える目線」の方がより強くなってきているそう。

「最初の頃から段ボールで財布が作れるということを知ってもらいたい気持ちはありましたが、ある時から、財布を作っているだけだと段ボールの魅力を伝えきれないなって感じたんです。でも、初めてきたテレビ取材のテーマが『一攫千金』で、そういう捉え方をされちゃうのはちょっと残念でしたし、自分の活動がなかなか上手く伝わらないジレンマもありました」

活動初期に制作した段ボール財布

段ボールの魅力をもっと伝えるには?模索を続け、自身を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』の公開に始まり、誰でも参加可能なワークショップや企業とのコラボレーションにおいて、常に新しいアイデアや表現をアップデートし続けるクリエイティブな島津さん。どうやってそのフレッシュさを保っているのでしょうか。

「シンプルですが、同じことはなるべくしないように心がけています。ワークショップでも案件でも、見せ方を変えてみたり空間を変えてみたり、何を派生させて、どうやって段ボールの世界を広げられるか。どうしたら僕の段ボール愛の世界に引き込めるか。その伝え方をどうするか考えるのが凄く好きで、いつもワクワクしています」

ただ「好き」が続いているだけ

2022年は「段ボール拾いをカルチャー化してみよう」をテーマに活動しているそう。その一環で香港の自転車メーカーと段ボール拾いのための自転車「Carton Picker」を発表しました。段ボールを起点にして、島津さんの世界はどんどん広がっています。ゆくゆくは、「段ボールミュージアム」を作るのが目標だとか。

「まずは大きなトラックで色んな街を旅するミュージアムが作りたいです。僕がワークショップなどで頂く反応で一番嬉しいのが、『段ボールの見方が変わった』って言ってもらえることなので、行く先々でワークショップを開いて、誰かに何かを与えたり、段ボールの面白さや楽しさを共有できたりしたらいいなと思います」

これまでもこの先も、これほど段ボールを愛している人に出会うことはないだろうな。そんな確信さえも持ってしまうほど、ひしひしと伝わってくる島津さんの段ボール愛。ここまで来るのに、その愛の裏にはどんな苦労があったのでしょうか。

「最初は2足のわらじでしたし、ワークショップ開いても誰も来ないとか、そういう時期は結構長かったです。今ようやくというか、たまたま“アップサイクル”とか“サステナビリティ”って世間で言われるようになったから注目されていますけど、本当にそれまではただの変人扱いでした(笑)でも、やっぱり自分が好きでやっていることだったので、不思議と辛い時期ではなかったというか。よく人からずっと段ボールを好きでいられて凄いねって言われますが、『続けている』というより、たまたま好きな気持ちが『続いている』だけです」

「不要なものから大切なものへ」の変換作業に現れているのは、島津さんの丁寧な人柄。そんなことがよく伝わってくるようなあたたかい言葉で、最後にこう話してくれました。

「それに、ちょっとでも段ボールの奥にある物語を掘り出して伝えていけたらといいなって本当に思うんです。なんかこう、使命感があるんです。段ボールを好きになった以上、段ボールで恩返しをしていきたいです」

捨てられてしまう段ボールにも、人知れず物語が眠っている。島津さんはそこに目を向ける視野の広さと優しさを持ち合わせ、段ボールのかっこよさ、面白さ、そこから広がる新しい世界と新しい価値観を伝えています。「豊かさ」とは、いつだって思いもよらないところにあるものです。道端に捨ててある段ボールがそうであるように。

【PROFILE】島津冬樹

1987年生まれ。多摩美術大学卒業後、広告代理店を経てアーティストへ。2009年の大学在学中、家にあった段ボールで間に合わせの財布を作ったのがきっかけで段ボール財布を作り始め、自身のブランド「Carton」を立ち上げる。2018年に自身を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』が公開のほか、著書として「段ボールはたからもの 偶然のアップサイクル」(柏書房)/「段ボール財布の作り方」(ブティック社)がある。国内外での展示、自身が講師を努めるワークショップも人気を博している。

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Text : 千葉 ナツミ
Photo : 染谷 かおり

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