「映画とファッションについて私が知っている二、三の事柄①」~ビリー・ブラウンはなぜ赤いブーツを履いたのか~

「映画とファッションについて私が知っている二、三の事柄①」~ビリー・ブラウンはなぜ赤いブーツを履いたのか~

タイトルはご存知の方も多いと思いますがゴダールの「彼女について私が知っている二、三の事柄」からの引用です。ゴダールが本当にオシャレなのかどうかを論じる気はさらさらなく、取り上げる映画は「バッファロー66」(1998)です。※WIFIルーターが66個ある映画ではありませんので悪しからず。

ある世代にとってはカリスマ、ヴィンセント・ギャロが主演のあの“オシャレ映画”です。ただ、今回、僕が取り上げたいのは“オシャレ映画”についてではなく“映画”の中の“オシャレ=ファッション”から見えてくる作品の本質のような話だと思ってください。目論見通りの見事な着地が決まるかどうかは、書いてる今現在わからないので、最後まで一緒にお付き合いいただければ幸いです。

ビリー・ブラウンはなぜ赤いブーツを履いたのか

まず、「バッファロー66」の内容について簡単に触れたいと思います。

主演はヴィンセント・ギャロ(昔、バスキアと「GRAY」というバンドを組んでいましたが、“いつか二人で行きたいね 雪が積もるころに”とは絶対に歌わない方です)とクリスティーナ・リッチ(とにかくこの映画のときはスタイルがリッチでした)。

刑務所から出所したビリー・ブラウン(ギャロ)は、オシッコがしたくてたまりません。出たばかりの刑務所に「トイレを貸してくれ」というような、そんな奴。ビリーはグレー(ギャロのバンドにかけたわけではないはず)のスウェードっぽい素材のタイトな襟付きのシングルライダースに同色系統のスキニーパンツ。そこに赤いブーツを合わせています。ちなみに映画全体のトーンはグレーっぽく彩度の低い、このジャケットのような雰囲気です。それを表現するために、写真用のリバーサルフィルム(ポジフィルム)をムービー用に改造して撮影されています。

このグレーな空気の中で、なぜ、ビリーは「赤いブーツ」を履いたのか?

実はここに、この映画の本質が隠されているのではないかと考えました。その答えに辿り着いたプロセスを映画の時系列と共に解説していきたいと思います。

この後、ビリーはなかなかトイレを借りることができず、たまたま入ったビルで無事にトイレに入ることができました。そこで、レイラと知り合い、誘拐します。そもそもビリーはムショ暮らしのことを両親に伝えておらず、「結婚して政府の仕事で遠くに行っていた」と友人のグーンを通じてごまかし通していました。出所したらとりあえず家族の元に帰るのがアメリカ。ビリーはどうしようもない嘘のおかげで「妻」を見つけなければなりません。そこでレイラを誘拐し、自分の妻を演じろと強要。その時のセリフ「俺の顔を潰したら二度と口を聞かないぞ。うまく演じたら友達になってやる。」にどこか、可笑しみのようなものを感じた(であろう)レイラはビリーの嘘に付きあうことにします。

ちなみに、このヒロインのレイラ(クリスティーナ・リッチ)のファッションは、大きく胸の空いた青系のワンピース、アイシャドウも同じく青系でカーディガンは白。

なぜ、ビリーがそんな仕方のない嘘をついたかというと、原因は母親にありました。母は熱心なアメフトチーム「バッファロービルズ」のファン。タイトルの「バッファロー66」とは主人公ビリーの生まれた都市と年。「バッファロー(出身)66(年生まれ)」ということです。この1966年は唯一バッファロービルズが優勝した年。尚且つ、優勝した日にビリーは生まれたため、母親は応援するチームの晴れ姿を観られず、それはビリーのせいだと思っているような人です。

ずっと母親に恨まれていると感じたビリーは、なんとか母親の気を引きたいと思い、付いた嘘がすべての始まりでした。

と、ここで、もう正解をお伝えします。

なぜ、ビリーは「赤いブーツ」を履いたのか?

正解(あくまで僕の考えですが)はバッファロービルズのチームカラーだからです。正しくは「赤」「青」「白」がビルズのカラー。その中の「赤」をビリーが「青」をレイラが象徴しています。ちなみにですが、ビリーが出所後、街へ向かうバスの名前は「ブルーバード号」でした。(何を意味するかは無粋なので割愛します)では、「白」は何を意味するのか?これが映画の結論を象徴するのではないかと、推測しながら、映画は続いていきます。

ホットチョコレートを飲んだあとで…

レイラを両親に紹介するビリー。ここでは奇妙なカメラワーク(小津の影響?)で食卓シーンが彩られ、レイラは父親が元歌手だと聞くと、その歌声を聴きたいと父親の部屋に行きます。父親の部屋の壁紙やランプは「赤」ベッドは「青」でした。そして父親は「白」の肌着。後でビリーは友人のグーンに電話をします。ビリーとグーンの背景にある壁紙も「白」です。ちなみに、母はずっとバッファロービルズのチームウェアに身をつつみ、二人の話もそっちのけで昔の試合のビデオばかり観ています。そこで優勝するはずの試合でキックを外したのがスコットという選手です。

話は冒頭に戻ります。

ビリーがそもそも刑務所に入る理由はこのスコットでした。アメフト博打でバッファローに1万ドルを賭けたビリー。しかし、スコットがキックを外し、優勝を逃したせいでビリーは1万ドルの借金を負います。しかし賭け金もなく負けたビリーにノミ屋のボス(なぜかミッキー・ローク)はブチギレ、借金の肩代わりに彼の親友の犯した罪を被って刑務所入りせざるを得なかったわけです。

ビリーはスコットがわざと外したと思い、出所したら復讐するつもりだったのです。でも、その前に両親には会っておきたい。そのための口実として嘘の妻が必要になり、レイラを誘拐してきたと。

そんなこんなで、家族との食事を終え、得意なボウリング場にレイラを誘います。きっとビリー的には上手くやったから友達になってやる。と言った所なんでしょう。ビリーはグレーのシングルライダースにグレーと黒のタンクトップ、パンツは最初と同じものに、赤のブーツ。レイラは最初にビリーが着ていたジャケットを借りてきています。ここにも二人の距離感が縮まっていることがファッションからでもわかるようになっています。

学生時代から借りているロッカーにはビリー曰く昔の彼女の写真が。彼女の名前は「ウェンディ・バルサム」。両親を訪れる前、レイラに「ウェンディ」と名乗れと言っていた名前です。二人はボウリングの後、デニーズに寄るのですが、下品なオバハンになってしまったウェンディにビリーは傷つけられるのです。ちなみに写真の中のウェンディが着ていたドレスも「青」です。

ボウリングの最中に暇そうにしているレイラがキングクリムゾンの「MOONCHILD」(♪裸の太陽~とか歌わない方です)に合わせて踊る拙いダンスはとても魅力的で、この映画に花を添えます。

ボウリングのあと、プリクラ的に証明写真を撮ることを提案するビリー。両親にその写真を送りつけるつもりです。これは復讐の後、自分が再度、刑務所に入るであろうと、そしてそのあとにまたグーン経由で送り両親を安心させる証拠づくりの為です。この時の証明写真の背景は、最初「赤」。途中で「白」を経由して、最後に「青」にします。

ここまででバッファロービルズカラーは象徴的に使われています。

グーンの情報でスコットはバッファローでストリップバーを経営していると知るビリー。店に電話をかけると深夜2時頃にならないとスコットはやってこないそう。ここでビリーがボウリング場に寄った本当の理由が明らかになります。ロッカーに隠していた拳銃を持ってくることでした。

スコットが店にくるまでまだ時間がある。ビリーはデニーズ(ファミレスの)に寄ります。ビリーに惹かれ始めたのか、レイラは彼に付いてきます。レイラはホットチョコレートを頼みますが、待っている間、隣の席には下品なオバサンになった本当のウェンディ・バルサムが。ビリー曰く元カノのウェンディは、彼の名前さえ覚えておらず、ビリーがすごくイケてなかったエピソードを浴びせていきます。ひどくバカにされたビリーはトイレへ。今度はオシッコの為ではありません。悔し涙を流すためでした。

レイラの提案でモーテルに入る二人。少しずつ距離を縮めていく二人。ちなみにこの時のモーテルのネオンは「赤」レイラのバスタオルは「青」そしてベッドは「白」です。そこで手をつなぎキスをする二人。レイラと繋がりを持つのを避けていたビリーも、最後はレイラの胸の中で一時の眠りにつきます。

スコットの店の前からグーンに電話するビリー。この時のグーンのシーツは「赤青白」のトリコロール。

スコットの店。トップレスのダンサーたちが踊っています。スコットを探すビリー。三人のトップレスダンサーたちの照明は「青/白/赤」。

スコットを見つけ出すビリー。スコットは現役時代を全く思い出せないくらい太っていて、裸に蝶ネクタイという出で立ち。その蝶ネクタイは「赤」。ビリーはおもむろに銃をとりだすとスコットの頭を打ちぬき、そのあとは自らのこめかみを打ち抜きます。

と、ここまでがYESの「Heart of the Sunrise」と共に描かれるのですが、これはビリーの妄想。

実際はビリーはスコットの顔をみると、店を後にします。

なぜか?

答えはカンタンです。

店の外のモーテルのベッドの上で、レイラが待っているからです。

グーンに再び電話をし、「さっきのロッカーの件はナシだ」と叫びます。ビリーはそういう奴なんです。ビリーは復讐することを止め、ドーナツショップに寄ります。そこで、とっておきのホットチョコレートと「白」い砂糖でコーティングされたハートのクッキーを買って帰ります。店には先客がひとり。彼にも同じクッキーをと言い、ハイテンションで戻っていくビリー。このドーナツショップの先客のマフラーは「青」でした。

そして、カメラは最後に花瓶に寄っていきます。

そこには「白」のカスミソウと「赤」のバラが。

そして、映画は二人の抱き合う姿で終わります。

「赤」「青」「白」が意味するものとは?

赤=ビリー

青=レイラ

白=?

ちなみに、ここまで読んでいただいたみなさん!

赤/青/白で思い出されるものって何かありませんか?

うーん?

うーーん?

うーーーん?

そう!星条旗です。ちょっと強引なこじつけではありますが(笑)

星条旗の赤/青/白にはそれぞれこんな意味があるそうです。

赤=大胆さ・勇気・血

青=警戒・忍耐・正義

白=純真・潔白

つまり、ビリーは赤いブーツ(大胆さ・勇気)を履いて、復讐(血)を果たすはずが、青いドレス(警戒・忍耐・正義)の天使レイラに出逢ったことで、その復讐を止め、映画は抱き合うシーンで終わりましたが、このあと本当に結婚したのかもしれません。勿論、その時ビリーは白いタキシードで、レイラも白いウェディングドレスを着ていたでしょう。

また、バッファロービルズカラーにこれだけこだわったということは、何を意味するのか?そうです。母親の本当の愛を受けたかったのではないでしょうか?

映画のファッションやインテリアや小道具の端々にこれだけ、こだわってこの3つの色が使われていることからも、そうなのではと、想像を掻き立てます。

このように、映画とファッションの関係性から、物語の本質を読み解いていこうという趣旨でこのコラムを書きすすめてきました。無事に着地できたのかどうかは分かりませんが。

「バッファロー66」は決して、途中で母親が、ビリーのアレルギーのことをすっかり忘れて出したチョコドーナツのような“中身のないオシャレ映画”ではなく、最後に買ったハート型のクッキーのように“愛がしっかりと詰まった映画”だと思います。

ただ、最後にひとつ。デニーズで再会した本当のウェンディ。彼女が着ていた服も「白」でした。これは、何を意味するのでしょう?

みなさんも、映画とファッションの素敵な関係性について一緒に考えてみませんか?

文:辻村健二


ポッドキャストもやってます(辻村健二)

“The movie is total art”
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People

辻村健二(株式会社ガイネン代表取締役/映像ディレクター)1979年年生まれ。愛知県在住。短編映画「片目の王様」が、国内外映画祭にて上映。おきなわ国際映画祭では準グランプリを受賞。15秒連続ドラマ「GAINEN THE LASTDANCE」を1年間にわたり配信中。また、俳優:星能豊氏と共にトークユニット「清順派」としてポッドキャスト配信も。本業の映像制作以外にも、デザイン、アート作品の制作・プロデュースなども行う。座右の銘は「どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う。」

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