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CULTURE

ときめけ、踊る日常 #4「石垣りんさんのこと」

暑い暑いと言っている間に真夏は過ぎ、残暑の空気も薄れ、まばらな秋風が漂う季節。走り去っていった夏のことを振り返ります。今年は例年よりも夏らしいことをしました。

何年かぶりに花火大会に行ったり、海辺でバーベキューをしたり。フジロックにも行きました。他の季節はそうでもないのに、どうして夏は夏らしいことをしなければ、という妙な使命感がやってくるのでしょうか。謎です。それにまんまと操られて動いていたような気がします。
4月から新しい環境で始まった仕事もようやく「慣れてきた」と小声なら言えるようになり、肩の力が少しずつ抜けて自分が開けていく感覚を日に日に感じます。そうなると仕事の車輪も少しずつ加速していき、ここ最近は遊びに仕事になんだか忙しい。私のことをよく知っている人は私が常々生き急いでいることを知っていて、そのことをあっけらかんと笑ってくれます。それがなんだかこそばゆいようなホッとするようなで、そんな時自分が今住んでいる場所で積もった時間の経過を感じます。

さて、そんな生き急いで色々と動き回っている私の頭の中はいつも色んなことが巡っています。仕事のこと、今度の週末の予定、ハマっている音楽のこと、今日の夜ご飯のこと。そんな騒がしい頭の3割ぐらいを去年の冬頃から大きく占領しているものがありました。

それは「石垣りん」さんのこと。

石垣りんは戦後日本詩壇を代表する女性詩人のひとり。25歳で終戦を経験し、定年まで銀行員として働きながら生活を映し出す詩を生涯かけて多く残してきました。石垣りんの作品を初めて読んだのは、冬も目前に差し迫った去年の11月末。毎週のように通う図書館で『ユーモアの鎖国』というエッセイ集を見つけました。著者は「石垣りん」。名前だけは前から知っていて、何の気なしに手に取ったのが始まりでした。その文章の凄まじいこと。彼女の紡ぐ言葉は自分の灯火になるようなものばかりで、時には喉元に刃物を当てられた時(当てられたことないけど)の鋭い緊張感を感じるような文章に出会うこともあり、気づけば今日に至るまで石垣りんの作品を数多買い込み、何度も何度も読みました。彼女の残したエッセイ、詩はとてつもない力強さで私に向かってきました。

 ひとつ例を挙げるのであれば、『試験管に入れて』というエッセイの一節。

「…人はよく前向きに生きる、と申しますが、私が前を向くと、うしろばかりが立ちふさがってくるのです。あまりに不安定な世の中に生まれ、未来ではなく、既にあるものの、どうしようもないかなしみのようなものに手も足も染めて、何とかしなければ、という思いにばかりかり立てられるために。希望とまでゆかない、こまやかな願いごとを繋ぎ合わせることで日々をつないできました。」

これが書かれたのが1970年代頃だとして、当時と現在では社会のあらゆることが様変わりしています。だけどこの文章に滲む諦観は手に取るようにわかって、わかってしまうことはつまり世の根底に流れる悲しみのようなものは変わっていないのだと、その事実に虚しさを覚えます。しかしそれと同時に、それでもこまやかな願いごとを形にしていけば、少しずつでも進んでいけるのだと、そこだけはしぶとくあろうと意を強くさせてくれる。…といった具合に、繰り出される言葉の数々が物事の真理を深くついていて、それは自分で形容できなかった心の形に光を当ててくれた、そんなところでしょうか。
読めば読むほどに、シンプルな言葉で誰もが共感しうる事柄を表現する巧みさに何度も引き込まれて、それでいて彼女にしか書けない家族への愛憎や負い目などがヒリヒリと表現される様の、激しい鮮やかさに目を奪われました。それが50年もの月日を経て生々しい鼓動を与えてくれること。時代に左右されない洗練された視座。石垣りんさんとはどんな人だったのだろう、と彼女が晩年過ごした東京の石川台の街を歩いてみたり、彼女のルーツがある静岡の南伊豆まで行きました。今年の夏のこと。伊豆は遠いところでした。

南伊豆町立図書館にこじんまりと併設されている石垣りん文学記念館に入ると、まず耳に入ったのは「わたしオニババですので、どうぞよろしく。」と穏やかで優しい老年の女性の声。館内で流れていたNHKのドキュメンタリー映像の中でインタビュアーが石垣りんに対して「石垣りんさんとはどんな人ですか?」と聞いたことへの返答でした。柔らかな口調と表情に似つかわしくないその一言はその場を制するような柔らかな凄みがあり、一瞬にして私の耳の奥底まで届きました。
石垣りんの文章には南伊豆にある「子浦湾」のことが出てきます。そのドキュメンタリー映像にも子浦湾が映し出されました。調べてみると文学記念館から車で20分ほど行ったところにあるよう。それならば、と記念館を鑑賞した後、日暮れの子浦湾へ向かいました。

そこはなんとも寂しい町でした。

人影はほとんどなく、自然さえもだんまり。ただそこに町があり続けている。海の音が町の風景の中で、路地裏で、寝そべる猫の横で静かに揺れていて、そこにぼうっと波を見つめる老人が1人。廃れているのとはまた違う、もの悲しげな様子の美しさ。そこに佇んでいると石垣りんの文章を構成するニュアンスのようなものが掴めるような、掴めないような。その曖昧さが目の前で押しては引く波の様子と重なり合っていて、その姿をジッと眺めてみました。
でも結局そんなことはどうでもよくて、本が、詩が、自分をここまで連れてきたのかということの妙な可笑しさ、でも私はきっとこういうことを繰り返していくのだろうという納得だけが、南伊豆の小さな海辺で得たものでした。

 ようやく訪れた秋もきっと束の間で、まもなく冬が来ます。季節がやってくるのではなく、生きてその季節に到達するのだ、と書いたりんさんのエッセイを思い出します。

✒️ オオクラ ナオコ