TODAY IS [ 2026.04.27 ]

デザイナー・ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)という変身。クラシックに潜む、少しおかしなエレガンス
FASHION

デザイナー・ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)という変身。クラシックに潜む、少しおかしなエレガンス

朝、白いシャツに袖を通す。

それは仕事へ向かうための服かもしれないし、誰かに会うための鎧かもしれない。あるいは、自分自身をもう一度組み立て直すための、薄い皮膚かもしれない。

昼には役割が変わる。母であり、上司であり、友人であり、恋人である。

ひとりの女性の中に、いくつもの女性が同居している。

それは矛盾ではない。現代を生きるということの、ただの構造だ。

ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)の服は、そうした日常の変身を、静かに、しかし少し奇妙に可視化する。

アントワープから現れた、クラシックを疑うデザイナー

アントワープから現れた、クラシックを疑うデザイナー
juliekekegels 
@elle_belgie @willyvanderperre @elodie_ouedraogo @dominique_knotoryus @alyssataelman ❤️

アントワープという土地には、服を服のまま終わらせない空気がある。

Dries Van Noten(ドリス・ヴァン・ノッテン)、Ann Demeulemeester(アン・ドゥムルメステール)、Walter Van Beirendonck(ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク)、Dirk Van Saene(ダーク・ヴァン・セーヌ)、Dirk Bikkembergs(ダーク・ビッケンバーグス)、Marina Yee(マリナ・イー)。

同世代の才能として「アントワープの7人」の1人として語られることもあるMartin Margiela(マルタン・マルジェラ)。

いわゆるアントワープ・シックスとその周辺が残したのは、単なる「ベルギーファッション」という様式ではなく、服を通じて世界の見方をずらす態度だった。

石造りの荘厳な街並みの中で、いつもグレーの空の下で、この街のデザイナーたちは何かを問いかけながら布を縫ってきた。

ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)もまた、その空気を吸って育ったデザイナーである。

1998年アントワープ生まれ。幼い頃から刺繍や編み物に親しみ、外で拾った葉っぱや枝で小さなインスタレーションを作っていたという。

布切れからスカートを縫ってベルトを通し、初めて自分で服を作ったときの高揚感は、今も体に残っている。

デザインしていてドキッとするあの感覚。それは幸せというよりも、心を突かれるような不思議な感情で、今も変わらないと彼女は言う。

父と歴史と、科学の寄り道

父は歴史書を愛読し、夕食の場でローマやギリシャの話を自分事のように語り聞かせた。

夏の旅行先では、ホテルでのんびりしたい娘たちを博物館や寺院に連れて行った。

そうした幼少期が、ジュリ ケーゲルの「現実と歴史をつなぐ眼差し」の基礎になっている。アントワープ王立芸術アカデミーへの進学は、幼い頃からの夢だった。

ただし父親には「すべてを捧げる覚悟で努力しなさい」と言われ、一度はその言葉に反発して高校では科学を学んだ。

しかし最終的に美術の道を選んでアカデミーに合格、入学時は24歳。

科学的な思考の訓練は、後に服の構造を考える上での骨格になったと彼女は振り返る。

論理と直観の両方を持つ素地は、この時期に育まれたのではないだろうか。

Alaïa、Meryll Rogge、そしてブランドの誕生

卒業後はAlaïa(アライア)に1年ほど在籍し、小さなチームの中でプロダクション、プレス、ファイナンスに至るまですべての部署を間近で見た。

Meryll Rogge(メリル・ロッゲ)でもインターンを経験し、コレクションとはこれほど多くの工程を経て完成するものかという実感を得た。

そして2024年、自身のウィメンズブランド「JULIE KEGELS(ジュリ ケーゲル)」をスタート。

2024年秋冬にパリ・ファッションウィークでデビューコレクション「50/50」を発表。

2シーズン目にして公式スケジュールへの掲載を果たし、4シーズン目となる2026年春夏にはランウェイ形式での発表へと進化した。

そしてブランド開始からわずか2年、LVMH Prize 2026(LVMHプライズ)のセミファイナリストに選出される。その上昇の速度は、数字が物語っている。

ジュリ ケーゲルが作るのは、”服”ではなく”役割の切り替え”である

彼女の服には、いつも少しだけ「途中」の気配がある。

シャツはシャツでありながら、どこかドレスのようでもある。

ローブはローブでありながら、後ろ姿ではトレンチコートのように見える。

ウェディングドレスは、次の瞬間にはスリップやバブルスカートへと変わってしまう。

それは服が不安定なのではない。私たちの生活そのものが、そもそも不安定なのだ。

LVMH Prizeの公式ページにはこう記されている。

“grounded in the belief that one woman can hold many identities, sometimes within the same day. Kegel creates clothing that moves between instinct and intention, elegance and humour, fantasy and the everyday.”

「ひとりの女性が、同じ1日の中でいくつものアイデンティティを持ちうるという信念に根ざし、直観と意図、エレガンスとユーモア、幻想と日常の間を自在に移動する衣服を作る。」 

これはコレクションのコピーではなく、実際の服の設計思想だ。

縫い目ひとつ、ボリュームの置き方ひとつに、その哲学が宿っている。

1枚の服が複数の読み方を持つとき、着る人にも複数の自分が許可される。

ジュリ ケーゲルが語る「女性の多面性」という思想

このブランド哲学は、ジュリ ケーゲル自身の生活そのものから来ている。

「ブランドを立ち上げて一年が経ち、『あ、これはもうビジネスなんだ』という実感が出てきた時期だったんです。私はいつもガーメントバッグを抱えて走り回っていて。日中はアポイントで埋まっていて、昼のビジネス服から夜のパーティドレスに車の中で着替えたりしていました」(2シーズン目でパリコレ公式スケジュールへ。ユーモア光る、アントワープ発の新星・ジュリ ケーゲル【若手デザイナー連載】 / Vogue Japan)

デザイナー本人が、自分のコレクションのモデルケースを生きている。

一般的に女性は、一日の中でいくつものアイデンティティを持っている。

朝は子供を献身的に世話する母親で、仕事に行けばビジネスウーマンになり、夜は誰かの妻や恋人になる。

英語には “wear many hats” 「いろいろな帽子をかぶる」というイディオムがある。

ひとりで複数の役割を担うことを意味するこの言葉を、SS2026「Quick Change」はそのまま服に落とし込んだコレクションだった。

さらにはマジシャンの早着替えのテクニックにもヒントを得た、という。

変身を軽やかに肯定するそのユーモアは、このブランドの核心に近い。

上品であることを、少しだけ信用しない

Julie Kegels(ジュリ ケーゲル)の服は、決して反抗的な顔をしていない。

むしろ第一印象は、かなり上品である。

端正なシャツ、整ったニット、クラシックなスカート、きちんとしたドレス。しかし、よく見ると何かがおかしい。

布の落ち方、柄の選び方、ボリュームの置き方、身体との距離。

そこには、良識あるワードローブのふりをした、小さな違和感がある。それはユーモアと呼んでもいいし、ズレと呼んでもいい。

エレガンスを知ったうえで、そこから半歩引いた場所に立つ態度、とも言えるかもしれない。

ベルギーはいつも空が灰色で暗い。だからこそユーモアや温かみのあるものを求める傾向がある。

ベルギー人は自分自身をあまりシリアスに捉えすぎず、皮肉で自虐的な笑い話も得意だ。

デザインの中に「少しおかしい」「ちょっと変」な要素を含めることは、ジュリ ケーゲルにとって自然なことなのだ。

シュールなユーモアだけでは面白くないかもしれないけれど、美しいものと組み合わせることでバランスが生まれる。

そのバランスを、彼女はいつも探している。

“成功した部屋”を身に纏う

FW2025-26コレクション「DRESSCODE(ドレスコード)」は、この美学の最も明快な実例だ。

インスピレーション源は、彼氏とフリーマーケットを歩いていたときに偶然手にした一冊の本。

『Executive Style: Achieving Success Through Good Taste and Design』。

早く帰りたがる彼氏を差し置き、ジュリ ケーゲルは「優れたセンスとデザインによって成功をつかむ」という副題がついたこの本に惹きつけらていれた。

読み進めると、「この椅子とこのカーペットとこの木材を組み合わせれば成功した部屋が作れる」とある。

その論理を、彼女はそのまま服に移植した。

ソファがプリントされたスカート、パンプキンクッションを模したトップ、木目調のドレス。日常の空間が身体に纏われるとき、着る人は生きたインテリアになる。

さらに、いわゆる成功者たちがこぞって身につけるアウトドアブランドのロゴを参照した意匠も混じる。

「成功の記号」を反転させ、それ自体を服の文脈に組み込む。

既存の価値体系に乗りながら、その内側から少しだけ笑い飛ばす。それがジュリ ケーゲルの本質的な方法論だ。

彼女にとってのファッションで大事なポイントは、夢である一方で、現実でもあること。

いつも「現実の核」と「夢見られるもの」との間にあるコントラストに惹かれている、と。

上品さを疑うその視線は、世界を批判しているのではなく、世界の面白さに惹きつけられている目だ。

家具、サーフ、早着替え。日常はいつも少し演劇的である

コレクションごとのテーマを追うと、ジュリ ケーゲルの引用源がいかに「ファッション的」ではないかに気づく。

FW2024-25「50/50」

FW2024-25「50/50」
FW’2425 | “50/50”
LOOK1

デビューコレクション。

異なる女性像を天秤にかけ、ラグジュアリーの概念を問い直した。

エレガンスとプレイフルネスを等価に並べる姿勢は、すでにこの時点でブランドの軸を宣言していた(About · Julie Kegels)。

SS2025「A Pool Will Do.」

サーフカルチャーとブルジョワ的クラシックの混合。タオル地のローブ、サーフショーツ、プールサイドの情景。

しかしそれは単なるリゾートウェアではない。

泳ぐことを選んだ女性の身体の自由さと、それを包む品格の話だ。

撮影は、写真家が通りがかりの老人宅のドアをノックして借りた古い家で行われた。

すでに存在する場所の空気を生かした写真が好きだと彼女は言う。

祖母のアパートの壁紙に似た空間、洗濯物やテーブルクロスの日常的なモチーフ。

服と生活が同じ文脈に置かれている。

FW2025-26「DRESSCODE」

前述の家具コレクション。成功の記号を服に移植し、空間に溶け込むようなコレクションを完成させた。

SS2026「Quick Change」

ブランドの本質を最も直截に語るシーズン。

舞台はパリ16区メトロ・パッシー駅。長く留まるわけではなく、単に通り過ぎる場所。

家と目的地の間にある橋の下のような、途中の空間だ。

「変容」や「移動」をテーマにしたコレクションには最適だった。

不完全さを、構造にする

このシーズンの服には、随所に「不完全さの美学」が組み込まれている。

急ごしらえのブラストラップ、ボタンを掛け違えたまま伸びた襟、服をハンガーにかけた時にできる肩の突起がそのままデザインになったシルエット。

「洗濯物をきれいに干す時間がなくて肩が尖ったまま乾いた服をそのまま着ちゃう、その不完全さに誇りを持つ」。

これはデザインの説明であると同時に、生き方の言葉だ。

シャツを破ればスリップドレスが現れ、ガウンは「影」に姿を変える。

胸元のジュエリーは、実はステッカー。ヴィンテージのレース柄ブーブステッカーを3Dプリントで再構築したものだという。

さらに、アントワープのランジェリーブランド〈Marie Jo〉のデッドストック素材をアップサイクルしたパッチワークブラも登場し、日常と歴史をつなぐ物語を紡いだ。

変化はともすれば重たく感じるものだけど、本来は誇るべきこと。

いろんな人格になれることを楽しむべきだ、という彼女の考え方は、「Quick Change」という言葉に込められたちょっとした冗談のような軽やかさと地続きだ。

変身は、誇らしいことだ。

FW2026-27「FACE VALUE」

FW2026-27「FACE VALUE」
FW’ 2627 | “FACE VALUE”
LOOK1

最新コレクション。

Andy Warholの著作『The Philosophy of Andy Warhol(From A to B and Back Again)』に影響を受け、内面と公共的な自己像の境界を探る。

「現代においては、内面的な自分と公共的に見える自分との境界がとても曖昧になっている。ソーシャルメディアでは、実際とは異なる自分像を見せることも可能」(「影は、あなた自身になる」アントワープ発のジュリー ケーゲルスが、幾つもの女性像をかたちにする理由 / The Fashion Post)

その観察がコレクションの軸となった。

ショーではモデルの後ろに影が映し出され、その影は次第に形を変えていく。

輪郭として現れる影は、ある意味でその人そのものになる。

コントロールできない部分こそがその人を形づくっているかもしれない、という問いが、服の構造そのものに組み込まれている。

FW2026-27「FACE VALUE」
FW’ 2627 | “FACE VALUE”
LOOK37

アントワープ的でありながら、今の市場にも届く理由

ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)は、コンセプチュアルでありながら、極端に難解なブランドではない。

「ただ、自分の好きなことをやりたいだけ。自分に対して素直に、大衆に対して頑固でありたい」。

そう語る彼女のスタンスは、ブランドが市場と向き合うときの基本姿勢をよく表している。

わずか数シーズンで世界約20店舗での取り扱いを実現し、SsenseやNordstromといったグローバルなプラットフォームに並んでいる。

東京・ESTNATIONでのポップアップは日本のファッション層への浸透を加速させ、来日はこの春で5回目を数えた。

チームは現在、ジュリを含めて3名のフルタイムメンバーで動いている。

マーチャンダイズとセールス、ファイナンスを担当するのは同世代の友人。ショーのプロダクションを担うのはジュリの妹が運営するイベント会社。

フォトシュートはアカデミー時代の同級生が手伝い、音楽はDJの友人が担当する。

信頼関係の延長で仕事をするスタイルが好きだという彼女のやり方は、アントワープという街のコミュニティそのものに根ざしている。

アントワープのアイウェアブランドtheo(テオ)とのコラボレーションも、そのつながりから生まれた。

theo(テオ)とのコラボレーション
doverstreetmarketginza
New to DSM Ginza : Julie Kegels x theo Eyewear launches at Dover Street Market Ginza Open House, this Saturday 28th March at Dover Street Market Ginza 2F Various Mens Space.⁠

父が幼い頃から愛用していたtheoのヴィンテージフレームを採用し、「レンズを外したときのフォルムがジュエリーに見えた」という発見から設計したこのアイウェアは、機能を取り除いたあとに残る形の美しさへの関心と地続きだ。

コレクション全体を貫く「見せると隠す」の往復運動が、ここにも現れている。

現代の消費者は、ただ「普通に良い服」だけでは動かない。

しかし、あまりにも説明を必要とする服にも疲れている。ジュリ ケーゲルは、その中間にいる。

見たことのない服でありながら、まったく着られない服ではない。

コンセプトだけで完結せず、日常着としての輪郭を残している。それが、グローバルなプラットフォームでの展開を支えている。

ジュリ ケーゲルは、誰のためのブランドなのか

ジュリ ケーゲル(Julie Kegels)は、完璧な女性のためのブランドではない。

よく美術館に行く人、スポーツ好き、ビジネスウーマン、先生。

彼女はいつも、架空の女性のポートレートをコレクションの起点に置く。

「ホッケーやテニスをするけどケーキも大好きな人」のように、生活の細部を想像する。

どんなタイプの女性でも誇りを持てるようにデザイン。

ここで言われている「誇り」は、理想に近づいた自分への誇りではない。

いまの自分、矛盾した自分、不完全な自分への誇りだ。

肩が尖ったまま乾いた服を着ていくことへの誇り。1日に何度も着替えながら、何者かになりきれないままでいることへの誇り。

ファッションデザインは現実からの逃避ではなく、現実を定義するための行為だ、と彼女は考えている。

明確かつシンプルな形で現実を捉えたい。

普段から現実的な人間でありながら、同時に空想家でもあって、物語を発明したり想像したりすることが自分の刺激にもなっている。

そのふたつは矛盾しない。

バスの中で音楽を聴きながら、過ぎゆく景色を眺めて、自分が映画の中にいるように想像する。その感覚が、そのまま服になっている。

ジュリ ケーゲルの服は、何者かになるための服ではない。

すでにいくつもの何者かである私たちが、その日その日の役割を引き受けるための服だ。

クラシックで、奇妙で、少し可笑しくて、ちゃんと美しい。

その服は、忙しい女たちの日常にある小さな舞台装置のように、今日も静かに変身を待っている。

Text by kozukario