下町せんべい工場に生まれた僕ら。SENBEI BROTHERSのこれまで/これから
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下町せんべい工場に生まれた僕ら。SENBEI BROTHERSのこれまで/これから

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江戸川区船堀のせんべい工場「笠原製菓」。創業60周年を間近に控えた2014年春、倒産の危機を迎えていました。度重なる不況の波を受け、受注は徐々に減り、ついに銀行の融資もストップ。

厳しい状況を救うべく立ち上がったのは、“せんべい工場のせがれ兄弟”でした。

兄弟が試行錯誤を繰り返した末に誕生した「SENBEI BROTHERS」は、せんべい業界異例の大ヒット。いまや笠原製菓はせんべいの人気ブランドへと成長を遂げました。

今回は、笠原製菓の笠原健徳さん(SENBEI BROTHERS/兄 写真右)に、せんべい工場のものづくりについてお話を伺いました。

−お兄さんは笠原製菓の4代目なんですね。笠原製菓の成り立ちについて教えてください。

終戦直後、新潟から上京した祖父が開業しました。当初は飴などの甘い菓子も販売していましたが、食糧が少ない時世柄、特に人気を集めたのが“せんべい”。祖父はお客様のニーズに合わせ、売り物をせんべい一本に絞りました。

祖父亡きあと、僕らの親父が跡を継ぎました。3代目の叔父に続き、僕は4代目です。現在、弟は工場でせんべい作りを、僕は経営や営業、広報を担当しています。

−お二人は笠原製菓で働く前はどんなお仕事を?

僕は約20年間、デザイン関係の仕事をしていました。デザイナーとして色々な業界を渡り歩きましたね。

弟は高校卒業後フリーターをしていました。当時の工場長が退職するのを機に入社し、せんべい作りを始めました。笠原製菓に入社したのは弟が先ですね。

−お兄さんが入社された経緯を教えてください。

弟の入社翌年から、リーマンショックや3.11が起こり、景気が低迷しました。その影響から、どんどん仕事が減り、負債も膨らむばかりで、銀行からは「これ以上の融資はできない」と最後通告を受けていました。

そんな中、当時3代目の叔父に病が見つかり、引退を余儀無くされました。

ある日、僕は母と弟に呼ばれ、この状況を伝えられました。2人は「もう廃業して工場を手放すしかない」と考えていました。

でも僕は、まだやれることがあるなら、あきらめたくなかった。その場で2人に「じゃあ俺も手伝うから、出来る事をやろう」と伝えました。

−お兄さんの一大決心を前に、弟さんとお母さんは?

2人とも「ぽかーん」でしたね(笑)

正直なリアクションだと思います。僕が他のせんべい屋で経験を積んでいたとか、経営に携わっていたなら心強いだろうけど、当時はIT企業のイチ社員でしたからね。「あんたが戻ってきて一体何ができるの?」って思ってたんじゃないかな(笑)

でも何もしなければ、ただ廃業を待つばかりですから。弟も「兄貴がバックアップしてくれるなら」とすぐに受け入れてくれました。

−入社後すぐに開発、発売したのが笠原製菓のヒット商品「SENBEI BROTHERS」ですね。

弟が焼くせんべいは、とても評判が良かったんですよ。だから「(試食等で)食べてもらえれば絶対に売れる」と確信していました。

でも時代の流れもあり、せんべいを食べる需要そのものが減っていました。まさに“せんべい離れ”です。

ただ待っているだけでは、お客さんは来ない。だから“僕ら兄弟みずからせんべいを届けに行くぞ!”という心意気で、新ブランド「SENBEI BROTHERS」を立ち上げました。

コンセプトは「せんべいを、おいしく、かっこよく」

−「SENBEI BROTHERS」のせんべいは、お米の風味が強く、とても美味しいです。

笠原製菓は、素材にこだわったせんべい作りをしてきました。これが僕ら「SENBEI BROTHERS」の揺るぎない基盤です。

せんべいの基礎となる「生地」は、生地屋さんから特注品を仕入れています。

通常、せんべいに使うのはクズ米です。皆さんが日常的に食べているご飯を“Aランク”とすると、せんべい用のクズ米は“BかC”。しかし僕らは、“AとBの中間”のお米を使っています。

いいお米を使った生地は、素材本来の甘みが感じられます。味付けせずに、素焼きで食べても十分美味しい。

せんべい屋の要ともいえる「醤油せんべい」には、オリジナルの濃口醤油を使用しています。茨城県の老舗醤油蔵が木桶で作った自然発酵の醤油です。

市販品との違いは、“せんべいを口にした瞬間”と“食べ終わった時”によくわかります。うちの醤油せんべいは濃厚な香りが口いっぱいに広がり、うま味が舌に絡みつく。手間暇かけた醤油でなければ、こうはいきません。

先代たちが作り上げた味があるからこそ、僕たち兄弟は新しいチャレンジができる。感謝とリスペクトの意味を込めて、「SENBEI BROTHERS」のロゴには祖父がデザインした“稲穂”を盛り込みました。

−「大葉ジェノベーゼ」「チョレギ」など、独自のラインナップも大きな特徴ですね。

現在は20種類のせんべいを常時取り揃えています。季節限定品やいま販売していないものも含めると、レシピは40、50種類でしょうか。

−商品開発はどのように進めているんですか?

僕のアイデアをもとに、弟が作っています。新味のアイデアは自分が「この味のせんべいが食べたいな」と思ったものを中心に開発してます。

人気フレーバーの「チョレギ」もそう。仕事が忙しかった当時、毎日コンビニのチョレギサラダばっかり食べてたんですよ。「チョレギサラダ最高!これせんべいにして食いたいな!」と思い、弟に作ってもらいました。

「梅ザラメ」「海苔うめ」を作ったのも、もともと僕が梅味のお菓子が好きだったから。自分の欲求をそのままかたちにしたら、美味しいせんべいが増えていきました。

−自分の欲求に正直に商品開発を進めた結果、お蔵入りになったせんべいもありますか?

あります、あります(笑)

「アンチョビ」。あれはダメでしたね。アンチョビ特有のうま味が全部飛んで、臭いだけのせんべいになっちゃった。工場で異臭騒ぎが起きましたよ(笑)

−アンチョビ味のクラッカーやパイは美味しいのに、せんべいはダメなんですね(笑)

せんべいに仕上げやすい味とそうでない味がある事を学びました。

例えば、にんにく味のせんべいを作る場合。普通は生地にシーズニングをまぶし、“にんにく風”に仕上げます。

でも僕らの「にんにくせんべい」は、青森県産の一番美味しいにんにくを生のまますり下ろし、醤油と混ぜ、せんべいにまぶして乾燥させています。こうすると、シーズニングでは出せない、インパクトがある味わいにつながる。僕らは「素材のうま味をダイレクトに味わってほしい」という思いから、この製法を採用しています。

一口食べると強烈なにんにくの風味が広がる。リピーターも多い一品

せんべいは、さまざまな段階を経て出来上がります。この製法だと調理過程で素材の風味が変わり、せんべいが完成した際に、“ハマるもの”と“ハマらないもの”が出てくる。アンチョビは“ハマらないほう”でしたね。

−お兄さんのアイデアをかたちにする弟さんもチャレンジャーだなと感じました。

弟はゲーム好きなんですよ。だから僕の“お題”も「ゲームをクリアする感覚」らしいです。

僕の無茶ぶりに対して、どうすればそのイメージに近づくか考え、コツコツとトライを重ね、かたちにしてくれる。ありがたいです。

弟は「僕のお題をクリアした時」と、「お客さんが『美味しい』と言ってくださった時」の“二重の喜び”があるとも言っていましたね。

−まさに兄弟二人三脚のせんべい作りですね。これから挑戦していきたいことはありますか?

さまざまなドリンクに合うせんべいをもっと増やしていきたいですね。せんべいの種類を増やすことは、せんべいの可能性を広げることにもつながりますから。

これまではお茶やお酒に合うフレーバーを展開してきましたが、いまはコーヒー、紅茶にマッチするせんべいにもチャレンジしているところです。

キャラメルシュガーナッツ味の甘いせんべいも

せんべいの原材料は、“お米” “醤油” “塩”などとてもシンプルです。そのため食材としての高いポテンシャルがある。フレンチや和洋折衷のレストランで、シェフがコースメニューに使ってくださったこともありますよ。

−「SENBEI BROTHERS」の海外展開についても教えてください。

直近ではカナダでの販売がスタートしました。海外では醤油ベースのせんべい一本で勝負しています。

販売とは少し異なりますが、最近フランスのワイナリーの方から、「仕事をやめてせんべいを作りたい」と連絡があり、相談に乗っているところですね。フランス米を使用した地域特産品として、せんべいを作りたいそうです。

せんべいの未来が明るくなるなら、僕らは出来うる限りお手伝いしたい。フランスにも新たなせんべい文化が生まれたらいいなと思っていますよ。もう“せんべい大使”みたいなものですね(笑)

−フランスにもお二人のような「せんべい兄弟」が誕生するかもしれませんね。そういえば、先代のお父さん(2代目)と叔父さん(3代目)も「せんべい兄弟」ですね。

親父(兄)はせんべい職人で、叔父(弟)は営業担当でした。僕たちとは立場が真逆だったんですよ。

これは母から聞いた話ですが、当時、叔父は売上を上げようと奮闘していたそうです。その頃人気だったのは、“ほのかに甘い醤油せんべい”でした。叔父は「うちの醤油せんべいにも甘味を加えよう」と親父を説得し、販売にこぎ着けました。その狙いは見事に当たり、笠原製菓は新たな醤油せんべいを武器に取引先を増やしました。

2人が作り上げたせんべいは、いまだにうちの人気商品です。叔父の機転と親父の試行錯誤がなければ、いまの醤油だれはありませんし、とうの昔に廃業していたかもしれません。

人伝に親父たちの話を聞けば聞くほど、「僕らの前にSENBEI BROTHERSの礎があったんだなあ」と思いますね。危機に直面した時こそ兄弟が力を合わせて、変化を重ねていく。それが笠原製菓のスタイルなのかもしれません。やっぱり兄弟って、良いもんですね。

SENBEI BROTHERS サイトはこちら


(了)

取材・文/佐藤優奈

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Sato Yuna

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