小さな勇気ある男の子から教わったこと~『王様ランキング』レビュー
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小さな勇気ある男の子から教わったこと~『王様ランキング』レビュー

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悔しい、という感情を最後に表に出したのは、いつの頃だっただろうか。歯を食いしばって大粒の涙をぼたぼたと零すような泣き方をしたのは、いつが最後だっただろうか。

そう自問すると思い起こされるのは中学時代、毎日のように部活に明け暮れていた時のこと。吹奏楽部だった私は、練習に練習を重ねてようやく吹けるようになったパートも自分より上手い子には適わず、本番で演奏をカットされた時、ひとり楽器倉庫の中で泣いた。その時に初めて、自分のふがいなさ、実力の無さを思い知って、玉のような涙をとめどなく流して悔んだ。人知れず泣いた涙は、それが初めてだった。

青春はあっという間に遠ざかり、私は大人になった。大人になった後に眺める世間はとても生きづらいものになっていた。

評価され、ランキング付けされるのが当たり前の世界。それは若ければ若いほど顕著で、将来有望の者は他人から実力を認められ、大きな仕事を任されたり、特別視されたりする。そうで無ければただ馬車馬のように、社会の歯車として働かざるをえない。

個性の尊重、といえば聞こえはいいけれど、蓋を開けてみればそこは実力主義社会だ。個性、という才能や実力で能力を推しはかられ、裁量を負わされる。

輝くものを持っている者こそが強い。

人とは違う、優れた才能のある者がリーダーに選ばれる。

就職活動、創作活動、ビジネス、コンテスト……

評価を下し、ランキングで人間を見るのが本当に大事なことなのだろうか。人としての”強さ”とは、そういうところにあるのだろうか?――違う。きっと、そうじゃない。

『王様ランキング』の主人公・ボッジ王子は、私にその事を気づかせてくれた。

中学時代の私は、決して他人と自分を比べて自分の方が劣っているから悔しかったんじゃない。自分のふがいなさを自分自身が誰より悔いていたから、取り繕いもしない不細工な顔で、夕陽に照らされ泣いていたのだ。

『王様ランキング』はこれまでに単行本11巻までが発売されているWEB発祥のマンガで、現在フジテレビのノイタミナ枠でアニメが放送されている。

素朴な絵柄で描かれる骨太のストーリーや、登場人物が誰しも一枚皮ではなく奥深い人間性を抱えていること、主人公のボッジ王子のひたむきで優しい姿に勇気づけられる人が続出し話題となり、SNSや各業界からも絶賛の声が上がっている。

舞台となるのは、国を統治する「王様」が各国ごとにランキング付けされる世界。ボッス王国の第一王子であるボッジは、耳が聞こえず言葉も話せない。その上身体が小さく、重たい剣を持てないため武術もからっきし。国民や城に仕える者から馬鹿にされる。

けれどそんなボッジは、誰よりも純粋で優しく勇気に満ち溢れていた。そんな姿を陰ながら慕う臣下たちや王妃。ひょんなことから影の一族であるカゲと出会い、「オレだけはお前の味方になってやるよ」と言われたボッジは彼に背中を押され、強くなりたいと願い旅に出る。

自分のふがいなさを悔やむボッジの泣き顔は印象的だ。誰にも見せず、自分の部屋や広大な草原の真ん中でわんわんと泣く。泣いた後はぐっと唇を結び、どんなに傷だらけになろうと何度でも立ち上がる。

最強と謳われたボッス王の息子であるからといって自分を特別視せず、ただ「強くなりたい」と自分のために、そして自分にとって大切な存在となったカゲのために思う。それこそが「強さ」と呼ぶのだろうけれど、ボッジはそれに気づかない。彼は「自分が気づけない強さを、もうとっくに備えている」少年なのだ。

だからこそもっと強くなるための行動を自発的に起こすし、自分を特別だと思っていないからこそ、ハンディキャップをめそめそ悲しんだりもしない。純度の高い、何度も砂粒を篩い濾された純水の流れる川のごとく生きている。

自分の生い立ちを悲観せず、畏れをなさないボッジの姿は私たちに「他人から評価された姿が本当の自分ではないこと」「強くなりたいと願うトリガーは他でもない自分との対面であること」を教えてくれる。

キャラクターの内面を覗き、表面的な描写にとどまらないのが本作の魅力だ。ボッジとの腹違いの弟であるもう一人の王子・ダイダは次期王という地位に固執し、義理の兄であるボッジにブラザーコンプレックスを抱いた人物で、彼がボッジとの対比として存在していることで物語がぐっと深みを増している。

ボッジの剣術指南役であるドーマスやダイダの剣術指南役のべビン、ダイダの母親でボッス王の二番目の妻であるヒリング。彼らがボッジに対して抱く思いも、それぞれひとつのストーリーとして自立している。ボッジと出会うカゲにも過去があり、どの登場人物にもパーソナルなストーリーが加味されていることによって、読者を物語に没入させるフックとなっている。

臣下と共に旅に出たボッジは、世界がどんな風に成り立っているのかを知る。

貧乏な人間・裕福な人間。捕らわれる獣・捕食する人間。食べること・眠ること。

些細な循環が世界を回し、自分を生かしているのだと知る。

人間にはそれぞれの強さがあり、弱さもあり、自分もその一人でしかない。ボッジは何ら特別な主人公ではなく、偉い人間でもない、ただの男の子なのだ。

悔しいと思える強さをボッジから教わった。自分を前に進めさせるための涙。頬を真っ赤にして泣きじゃくるボッジが忘れられない。

本当の”強さ”とは、きっと世界中に存在するあらゆるランキングのどこにも投影されないものなのだろう。

順位や優劣よりも大事なこととは。『王様ランキング』は今を生きるすべての人へ贈りたい、優しさの中に揺るがない強さを感じられる物語だ。

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Ando Enu

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