BLAZEVY(ブレイズヴィ)- 見えてないとこジャーナル

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ときめけ、踊る日常 #3「春、定点観測」

すっかり春に。家の前には公園があって、そこにある桜も満開になりました。その立派な様子に足を止める人の姿をチラホラと見かけます。

この文章を書き始めた頃は三寒四温あたりの春未満の春だったのに、瞬きをしてる間に本格的な春になっていました。少し前まで寒さに凍えた冬がそこにあったのに、嘘みたいにどこかへいなくなってしまって。この完全なる春は好きなのですが、その直前の変化を迎える準備期間は、この季節特有の水面下でうごめく機微にソワソワしてしまいます。暖かくなったかと思えば、寒の戻りで急に寒くなったり。街ゆく人の服装も半袖とダウンジャケットが混ざり合う。誰かとの別れに切なくなりつつも、新しい日常を迎える準備をする。引越しで物理的に人も物もあっちへこっちへ。

でこぼこの地面をなだらかにするように、新しい日常に慣れていく過程はまるでこれまでの日常を忘れる練習かのようで、そこに諸行無常を強く感じて、懐古厨なんかではないけれど、その不安定さはいつになっても慣れないです。慣れないけれどそれが嫌というわけではなく、私は変化しないことの方がむしろ苦しく思えてしまうので、この時期に動きがないと据わりの悪さを感じます。

しかし今年はそれが薄く、というのも4月から新しい環境で日常が始まりました。それはずっとやりたかったことで、21の時に思ったことで、それが足がけ6年?なんとかたどり着いたようです。と言っても進行する日々の渦中で「たどり着いた」という実感は湧かず、それもそのはずただたどり着いただけで何一つなし得ていませんから。いつだってそうですが実際に新しい場所に身を置いて、日常のサイクルが回ってきて、少しずつ文字が読めていくようにその環境を構成する一つ一つの意味が自分の中に染み込んでいく過程の中で、自分の現在地をようやく理解できるように思えます。

夢が叶う、という言葉にあるような煌びやかな輝きを持つ明確な一点が訪れるというよりは、現実的な積み重ねを経て、じんわりとした変化とともに実感を噛み締めていくことなのでしょう。実際、新しい環境という不安定な場所で生活を編み直すことはやっぱりしんどいものがあり、現実は本当に一歩一歩しか進んでいかないのだということを改めて突き付けられました。

ここ数年、春になると必ず2023年4月に作ったSpotifyのプレイリストを聴いています。そこを起点として、1年が過ぎた、2年が過ぎた…というふうに定点観測をしていて、この春で3年が過ぎました。プレイリストを作った当時は今と別の場所に住んでいて、今の場所に住むことも、ここ2、3年で出会った人のことも、こうやってやってみたいと思っていた仕事に携わるようになることも知る由もなく、自分はこの先どうなっていくのだろうとぼんやりとした気持ちを抱えて春の道を歩いたことを、プレイリストに入っているスカートの『遠い春』を繰り返し聞いたことを、当時感じたぬるい風と菜の花の黄色とともに思い出します。

「毎日が胸を締めつけて これからどこへ行けばいいのかな 桜の花は揺れているけど いつかは忘れてしまうのでしょう」

3年の月日が経ち、自分自身というものは一ミリたりとも変わっていないように思えて、それでも同じ曲を聞いても曲の持つ意味が、浮かぶ風景が違ってくるように、時の流れとともに変わっていったあれこれを考えました。もう見ることのない景色、出会うことのない事柄、聞かなくなった音楽、連絡を取らなくなったあの人のこと。得たものよりも手放したものばかりが浮かんできて。まだ声は覚えているけど、あと2年もしたらきっと忘れてしまうだろうなとか。1年ほどで終わるだろうと思ったウクライナ侵攻は終わらず、さらには新しい戦争が起き、その戦争に自国が加わろうとする動きを見てはゾッとして、自分には何ができるのだろうと考えます。

そんな過去と現在と未来が交差して、個人的なことも社会的なことも不安と期待がないまぜになるこの季節には、いつも少し胸が締め付けられるような思いになり、不意にどうしようもなく立ち尽くすことがあります。この立ち尽くす、というのがリアルに「立ち尽くす」なのですが、少し前の春未満の春の夜、不安定な気分に陥った私は公園の桜の木の下にいました。まだ咲いていない桜の木で、そこには私以外誰もいませんでした。

私はこの桜の木が、夏も、秋も、冬も、そこにいたことを知っていました。桜が咲いて、周囲に人が集まり、桜の花を散らすと、もう誰も集まらない。側で木を見上げることもない。そんな桜の木です。その事実がなんだか悲しく思えてきて、もしかしたら桜の木からしたら1年に1回、周囲に人が集まるくらいがちょうど良くて、それ以上はちょっと…なんてことを思っているかもしれないのですが、それでも、自分を含めた世の中の都合のよさみたいなものが急に自分には大きく感じられて、それで桜の木の下で立ち尽くしてしまいました。気温が暖かくなったり寒くなったりするように、感情も上がったり下がったり。だから早く本格的な春が来てほしいと、不安定に揺れ動く気持ちから逃れたいと、夜風に強く思いました。

それからほんの数日でその桜も満開に。晴れた日には近所の人たちがシートを広げて賑やかに花見をします。開花から間もない雨降りの静かな朝のこと。この雨で桜の花びらもかなり散ってしまうだろうと外を眺めていると、桜色の中を青い傘がポツンとひとつ、揺れながら通り過ぎました。春を泳ぐ青。この季節だけが見せてくれる美しい色のコントラストです。

✒️ オオクラ ナオコ