ミシェル・ゴンドリーが「Come Into My World」に仕込んだ魔法
2002年、カイリー・ミノーグは一人でパリの街を歩き続けた。ループするたびに自分が増えていく、あの奇妙で愛おしい映像を覚えているだろうか。
ミシェル・ゴンドリーが監督した「Come Into My World」のミュージックビデオは、CGに頼らず、同じカメラの動きを精密に再現できる機材を使い、同じ街路を繰り返し撮影した映像を重ね合わせることで複数のカイリーを生み出した。一回りするたびに新しいカイリーが加わり、それを一本のシームレスな映像に繋いでいく。
シンプルな発想だが、実行するには緻密な計算と根気が必要で、その手仕事感こそがゴンドリーの美学だった。テクノロジーで驚かせるのではなく、制約の中に魔法を宿す。あのMVが公開から20年以上経ったいまも色褪せない理由はそこにある。
そのゴンドリーが、25年越しに同じ夢を見た。
CHANEL 25キャンペーンで再現された「ループする自己」
CHANEL 25ハンドバッグの新キャンペーン映像は、マーゴット・ロビーを主演に迎えた「Come Into My World」の現代的な再解釈だ。パリの街並みを模したセットで撮影されているが、実際の撮影地はロサンゼルスのサウンドステージだ。そこを複数のマーゴットが行き交い、それぞれ異なるCHANEL 25のバッグを携えている。
本屋から出てくるマーゴット、タクシーを降りるマーゴット、自転車を引くマーゴット、犬をなでるマーゴット。ループの論理は変わらない。増殖する自己が、街を満たしていく。
カイリー・ミノーグのカメオが完璧な理由
そこにカイリー・ミノーグ本人が登場する。オリジナルMVへのオマージュを感じさせるカジュアルなスタイルで、ウィンドウから顔を出し、マーゴットとすれ違う。二世代のオーストラリア人女性アイコンが、パリの架空の路地で交差する瞬間。その短さがかえって完璧だ。
ゴンドリー自身はVogueのインタビューで、カイリーのことを25年間夢に見続けていたと明かしている("dreaming about Kylie for 25 years" Vogue, 2026年3月23日)。監督として原点に戻る行為は、ノスタルジーではなくむしろ約束の履行に近い。
マーゴット・ロビーとカイリー・ミノーグ、二つの円環が交差する
マーゴットにとってもこれは個人的な物語だ。彼女が人生で初めて足を運んだコンサートは、カイリーの「Fever」ツアーのシドニー公演だったという。昔MVを見て「なんてクールで頭がいいんだろう」と思った、あの映像の中に、いま自分が立っている。
ファンがアイコンになり、アイコンと共演する。その円環はゴンドリーのループ構造と、どこか呼応している。
「伝記映画の主演候補」という鏡像関係
さらに言えば、カイリーはかつてマーゴットを自分の伝記映画の主演候補として名指しで挙げていた、という逸話もある。演じる側と演じられる側、過去と現在、オリジナルとリメイク。
このキャンペーンはそういった「鏡像関係」の層を、意図的に重ねて設計されている。
ポップカルチャーの引用がラグジュアリー広告で成功する条件
ブランド戦略として見ても、このキャンペーンは周到だ。CHANEL 25はクリエイティブ・ディレクター、マチュー・ブレイジーが手がけたホーボー・インスパイアのバッグで、ジェニー、デュア・リパ、テイト・マクレーといった現代のポップガールたちがすでに愛用している。今回のキャンペーンは、そのバッグが持つ「実用的でありながらアイコニック」という二面性を、映像の文法で体現してみせた。
各キャラクターのマーゴットがそれぞれ異なるカラーとマテリアルのCHANEL 25を持つことで、バッグのラインナップを押しつけがましくなく提示する。それはゴンドリーの手法そのものだ。制約を美学に変えること。
再解釈が陳腐にならないための「三つの本物」
ポップカルチャーの引用はファッション広告において決して珍しくないが、うまくいくケースは稀だ。ノスタルジーに溺れると陳腐になり、遊び心が足りないと説教くさくなる。
このキャンペーンが軽やかに着地できたのは、監督・楽曲・主演の三者がそれぞれ「本物」だからだろう。ゴンドリーはあのMVを作った当事者で、カイリーは楽曲の本人で、マーゴットはリアルなファンだった。再解釈の正当性が、すべての層に担保されている。
シャネルのパリ、カイリーのループ、ゴンドリーの魔法。三つの時間が交差する一瞬を、ぜひ繰り返し見てほしい。一度見ただけでは、見逃してしまうものがある。