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#1「平泳ぎは前に進むらしい」 ※アーカイブ

少し季節外れの話だけど、中学の水泳の授業には一回も出なかった。どうしても水着になるのが嫌だったからだ。

当時、多くの学校がそうであったように、学校指定のオーソドックスなスクール水着の着用が義務付けられていた。授業は男女別ではなく、同じプールの片側を女子、片側を男子と分けているだけで実際には合同。私は生徒手帳に『生理のため欠席』と書いて先生からハンコをもらい、プールサイドに座って毎回見学していた。三年間ずっと。

母親は水泳の授業を受けなかったことに対して一度も怒らなかった。母親には「水着が嫌だ」と伝えていたし、むしろ、私が三年間一度も入らずを貫いたことに対して「すごいね」となぜか誉めて(?)くれた。おかげさまで、全然前に進まない平泳ぎだけを水中の武器にして、今日まできた。

大人になった今も、やっぱり水着になるのは抵抗がある。みんな忘れているかもしれないけど、水着ってほとんど下着ですよ。最近の水着は形にバラエティーがあるけれど、基本的には下着と同等の露出をしないといけないし、下着でパブリックの場に出るのは無理なのに、素材がポリエステルのツルツルした生地になっただけで途端にOK、とはならないのが私の水着苦手理論。高校は水泳の授業がなかったから嬉しかった。

うだるような暑さもピークを過ぎた頃、近年の多様性を受容する流れに乗って、ジェンダーフリー水着なるものが開発されたことを知った。正式名称は「男女共用セパレート水着」。上は一枚で着られる作りになったジッパー付きの長袖で、ジッパーにロックをかければうっかりポロリすることもないそう。下は身体のラインが出ないよう肌に張りつかない加工がされた、ゆったりとしたハーフパンツ。高性能でいて、まさに「ジェンダーフリー(性差のない)」な水着だ。

私はこれを見て、「いいじゃん!」と頭の中で声を出した。「私の時代にもあったらよかったのに」と、プールサイドで体育座りをする中学生の自分に思いを馳せた瞬間、頭に浮かぶ一つの疑問。当時中学生だった私はこの水着を着てまで、本当に水泳の授業を受けていたのだろうか。

この水着を開発したメーカーによると、3〜4年位前から、学校から「LGBTQの生徒にも対応した水着はないか」「体形をふんわり隠せる水着はないか」という問い合わせが増え始めたとのこと。でも、本格的に水着の開発を始めたのは2021年。そこにタイムラグが生まれた理由は、「時代を先取りしすぎても広がらない」という懸念があったからだそう。私が自分の時代にあったら…と置き換えて考えた時に、「この水着を着る!」と即答できなかった理由がこれだ。

私が中学生だった時代は当然、ジェンダーフリーとかLGBTQなどの言葉はなかった(浸透していなかった)。つまり、そういう時代じゃなかったということ。いつの時代も、新しいものを「現場」で取り入れる一番手になるのには、相応の勇気がいる。なぜなら、日本という性格的に新しいものや価値観を受け入れるのが苦手な場所で、堂々とマイノリティでいるのはしんどくて、怖いことでもあるから。この水着が私の時代にあっても、メーカーの言う通り、先取りし過ぎて埋もれて消えていただろうし、私もわざわざこれを着るならプールサイドに座り続けることを選んでいたと思う。誰かのニーズを満たしても、それが時代に合っていないのなら、たとえ痒いところに手が届いてもダメなのだ。

でも、「あの時は今みたいじゃなかった」。そう思えることこそが、私たち大人がもつ「財産」なのかもしれない。自分の身体にコンプレックスがあるとか、自分の性自認に悩んでいて女用・男用の水着を着たくないとか、なかなか言葉にしづらい心のとげ。そんなものはナイものとして扱われてきて、世間に認知すらされなかったことが、ようやく日の目を見る時代がきているのだ。それはつまり、良い時代だと私は思う。

これからもっと、痒いところにちょうどよく手が届くことがたくさん出てくるはずだし、すごく楽しみだ。もしかしたら、新しい価値観に対して戸惑うこともあるかもしれない。でも、それはずっとずっと、自分の目の前にあって、ただ見えなかったものに光が当たって見えただけのことだ。

日の目を見られなかった「あの時」、あなたは何をして何を思い、何に悩んでいた? もしかしたら、それは今ようやく雲が晴れて、陽が当たっているかもしれない。ちなみに、この男女共用セパレート水着は100校以上が来年以降に導入予定だそう。これからどんどん増えていって、私のように全然前に進まない平泳ぎをする人が一人でも減ってくれたら、嬉しい。こう思えることが「あの時」を生きた、私の財産だ。

2022年12月23日公開コラム
✒️:Chiba Natsumi