「映画とファッションについて私が知っている二、三の事柄②」~レントンは革靴を履かない~
“人生を選べ”
今回紹介する映画のセリフに、こんなものがあった。
“人生を選べ”
人は毎日なにかしらのことを、意識的にせよ、無意識的にせよ選んで日々を過ごしている。その選んだ日々の軌跡を「人生」と呼ぶのかもしれない。
今回紹介する映画は「トレインスポッティング」(1996)とその続編「T2トレインスポッティング」(2017)共に監督はダニーボイル。
舞台は、スコットランドのエジンバラ。あくまで想像だが、ロンドンへのコンプレックスでできている街と言ったら過言だろうが、鬱屈した街であることに相違はないだろう。
主な登場人物は
- ヤク中坊主頭のレントン(ユアン・マクレガー)
- 007マニアのポン引きシックボーイ(ジョニー・リー・ミラー) ※祖父のバーナード・リーが007の宿敵「M」だって話は誰かに自慢しよう
- 酒暴力チョビ髭ダンディズムのベグビー(ロバート・カーライル)
- ヤク中細長男のスパッド(ユエン・ブレムナー)
他にも、女子高生淫売から弁護士成り上がったダイアン(ケリー・マクドナルド)、自家製ポルノ発HIV行の電車に乗ったトミー(ケヴィン・マクキッド)など
ここまで、読んでもらったらわかるが、どうしようもない奴ばかりしか出てこない。ただし、彼らは選択肢が極めて少ない環境が産み出したキャラクターたちである。それはこの時代のスコットランドが置かれた状況とも重なるかもしれない。
トレインスポッティング
イギ―ポップの「Lust For Life」が流れるなか、逃げるレントンとスパッド。そして車にぶつかるレントン。ぶつかった筈なのに、どこか楽しそう。
そこに、クリエイティブ集団TOMATOが作った線路や電車をモチーフにしたタイトルグラフィックが踊る。そもそも「トレインスポッティング」とは一般的には鉄道おたくのことを指すが、エジンバラでは、ドラッグ中毒者が使われなくなった鉄道操車場を溜まり場にしていたことから、“ドラッグ中毒”を指す隠語として使われていたという。
レントン。シックボーイ。スパッドはヘロインに溺れる毎日。クスリを断つために、様々な努力はするが、最後の1回がどうしてもやめられない(アヘン入り座薬を入れたら、便意に襲われ、スコットランドで一番汚いトイレの中にダイブする描写はこの映画の名物シーン)。
そんな、ある日。誰の子だかわからない幼児が死亡する。理由は母親がヘロインで気を失っていた時に何かが起きたからだ。そして父親がシックボーイだと分かる。彼らは哀しみから逃げるために、更にヘロインを常用し、盗みをはたらき、そしてレントンとスパッドは捕まる。(スパッドだけ実刑)
レントンは治療のため部屋に閉じ込められるが、幻覚が彼を襲う。また、普通の友達トミーが彼女との自家製ポルノがなくなったことをきっかけにヘロインの道へ。それを教えたのはレントンだ。(ちなみにその自家製ポルノをトミーの家からパクったのはレントン)トミーはヘロイン中毒になり、そしてHIVにも。
一旦、治療したかに見えたレントンはロンドンにうつり、不動産の仕事をはじめ、順調にいっていた。しかし、それを邪魔するのは友人たちだ。
ベグビーは武装強盗で指名手配中だが、レントンの所に隠れ、シックボーイもなぜか居候する羽目に。日に日に傍若無人さが増す友人たちに痺れを切らせたレントンは、自分の会社の物件に内緒で二人を住まわせるが、そんなのすぐにバレて、会社はクビに。
そんな矢先、トミーが死んだ。理由はヨリを戻そうとした彼女に押し付けられた猫。猫のフンを始末しなかった(ヘロイン中毒でできなかった)トミーがフンの細菌でやられたからだ。そんなこともありエジンバラに帰るレントン。その帰り道。大きなヤクの取引を持ちかけるシックボーイ。渋々、その取引に参加するレントン。スパッドも出所して間もないがやることがないから、みんなと一緒に参加する。
この取引が思わず上手くいき、4人は束の間の成功を味わう。が、大金を目の前にしたクソ野郎たちが考えることは1つ。「裏切り」だ。誰が裏切ったかって?勿論、レントンだ。レントンは革靴を履かない。このクソみたいな街から逃げ出すにはスニーカーがいいからだ。
T2トレインスポッティング
ランニングマシンを走る男。しかし、そのスピードについていけず、吹っ飛ばされる。その男はレントン。友を裏切り、街を逃げ出してから20年経っていた。
母親の死をきっかけにエジンバラに戻るレントン。あの時のことがあったから友人には合わす顔がない。ただ、スパッドは別だ。あの時もスパッドだけには分け前を残しておいたから。そんなスパッドを訪ねると、自殺しようとしていた。聞けば、相変わらずこのクソみたいな街でクソみたいな人生を送っているらしい。ベグビーはあれ以来ずっと刑務所にいる。シックボーイはベロニカという彼女を使ったポン引きになり、恐喝で生計を立てている。全員がクソだ。
レントンはシックボーイに逢いに行く。あの時の分け前をもって。シックボーイは聞く。「今はどこに?家族は?」レントンは答える。「アムステルダムに。妻と2人の子供と幸せに暮らしてる」
次の瞬間、ボコボコにされるレントン。金を盗み、友を裏切り、幸せになったレントンをどうしても許せないシックボーイ。ただ、友達はどこまでいっても友達。ろくでもない仕事の提案をする。それには乗らず飛行機に乗ろうとするレントン。しかし、戻ってきてしまう。このクソみたいな街に。理由はカンタン。
シックボーイに話したことが全部ウソだったからだ。妻とは離婚。仕事もクビ寸前。子供に関しては2人どころか、そもそもいなかったのだ。(これが原因で離婚?)
ベロニカを入れた3人は昔のような悪さを始める。そしてレントンはヘロインを20年ぶりにキめる。
ベグビーは服役中に学んだ医学の知識を使い、脱獄。家族のもとに戻ると、大きくなった息子は大学に行きホテル経営学を学んでいるという。しかし、意味がわからないベグビーは息子を誘い、早速強盗へ。
サウナ(売春宿)を夢見るシックボーイはレントンの助けをかり、中小企業向けの事業支援を行っている団体への嘘のプレゼンテーションを行う。その帰りによったクラブで思わぬ再会を果たすレントンとベグビー。レントンはベグビーに殺されそうな所を間一髪抜け出す。お店(サウナ)作りを手伝うスパッド。ベロニカに昔の話をする。すると、ベロニカからその話面白いから物語にしたらと提案を受け、今まで、夢中になることがヘロインしかなかったスパッドは、自分たちの物語を書きあげる。ちなみにレントンになぜヤクを止められたと聞いたら、「この街をでることに夢中だったから」と。
中小企業向けの融資がおりることに。それも10万ポンド。喜ぶシックボーイ、レントン、ベロニカ。しかし、いつの間にかレントンとベロニカはできていた。
レントンの行方を追うベグビーはスパッドのもとへ。部屋には書き殴られた自分たちの物語が。それを読むベグビーはスパッドに「こんな才能があったんだな」と言いながらも脅す。そこにたまたまやってきたベロニカ。携帯と引き換えに解放されるが、その携帯を使い、レントン、シックボーイを呼び出し、決着をつけようとするベグビー。
ベロニカはスパッドに得意のサインを真似させ、融資の10万ポンドを自分の口座に振り込ませると、スパッドにも分け前を。スパッドは自分がもらってもヘロインになるだけだからと、家族へ送金させる。ベロニカはその金を持ち逃げし、母国のブルガリアへ。(「トレインスポッティング」と同じ構成なのが泣ける)
ベグビーは相変わらずの執念で二人を追いかける。特にレントンを。追い込まれるレントンは死にかけるが、シックボーイとスパッドの助けでベグビーを一蹴。車のトランクに入れ、そのまま警察へ。
またしても大金を裏切りによって失ったシックボーイ。しかし、今度は違う。その横には友達のレントンがいたからだ。
そして、スパッドは家族に書き上げた小説を見せる。そして、妻はこういった。「この物語のタイトルは…(トレインスポッティング)」
家に帰ったレントンは、昔と何も変わっていない部屋(電車の壁紙の)でレコードを爆音で再生する。勿論、その曲は最初に流れたあの曲。イギ―ポップの「Lust For Life」。完璧な続編があるとしたら「T2 トレインスポッティング」だろう。しかし、誰もこの映画の話をしているのを聞いたことがない。だから、みんなにも観て欲しい。
ここではファッションから映画がどうみえるかが命題だ。各キャラの解説をしていこう。
服は誰が選ぶのか?
◉レントン
基本はタイトな古着スタイル。イエローのフォトTシャツ。ポルノ女優が浜辺で横たわっているプリントだ。これはきっと「ここではないどこか」を目指しもがいている暗喩だろうが、その辺は無粋なので、観ている人の想像に任せるとしよう。そこに、ものすごくタイトな色褪せしたブラックデニム。スニーカーはコンバースのオールスターハイカットの裾口をグルっと1周して縛るスタイル。また、時より見せるスーツスタイルが秀逸で、スーツと言っても上下はバラバラ。剣先の細いタイに、足元はadidas サンバのエンジを合わせる絶妙さ。「T2」では特筆すべきファッションはないが、M65を愛用している模様。これは若い時部屋に飾ってあった「タクシードライバー」のトラビスの影響が垣間見えるスタイル。
◉ シックボーイ
無地のTシャツ(オレンジや紫)にスーツスタイルが定番。靴は普段着のときはドクターマーチンを愛用。スーツのときは革靴を愛用するが、踵をずらすと注射器とヘロインが。大人になってからの出で立ちは若い時のまんま。これはシックボーイ自身が成長してないことを意味する。ただ、ベルトがGUCCIにはなっていた。本物かどうかはわからないが。
◉ ベグビー
ヤクはやらないが酒と喧嘩中毒で劇中一番ヤバい奴。ただ、ファッションは英国トラッドスタイルでそのギャップが残忍性を更に際立たせる。アーガイル柄のセーターやボタンダウンシャツにGジャン、そしてフレッドペリーのVネックセーターなども愛用している。パンツはチノパンスタイルで、靴は革靴(黒系のタッセルローファー?)、下着や靴下は白を好むオーソドックスタイプ。ここから推察できるのは、元々良い育ちだったけれど、父親が落ちぶれ(酒に溺れホームレスになった件は「T2」で触れられる)粗暴になっていったが、根っこの育ちの良さがファッションからはくみ取れる
◉ スパッド
レントン同様古着を着用。スポーツとカジュアルのミックスが得意なようで、ハーフジップのジャージをインナーにセットアップを着ていたり、カザール(ランDMCが着用していた)っぽいデカいサングラスを愛用。個人的に現在セリーヌのデザイナーであるエディ・スリマンはスパッドの影響下にあるのではないかと邪推したくなる程、劇中では一番オシャレな着こなしを見せる。
音楽はいつだって映画の共犯者だ
文字で音楽を語るのは無粋だ。気になるものがあったら自ら選んで聞いてほしい。君の人生の何分かを消費するかもしれないが、決して損はしないから。
【サントラの中からオススメ曲を】
◉ トレインスポッティング
◉T2トレインスポッティング
レントンは革靴を履かない
レントンは革靴を履かない。
何故か?
それは、このクソみたいな街から逃げ出す準備をしているから。走るにはスニーカーがいい。その時のBGMはイギ―・ポップ「Lust For Life」
“人生を選べ。”
毎朝起きて洋服を選ぶことは毎日の人生を選ぶことだ。クソみたいな人生か。そうでない人生か。
ちなみにトレインスポッティングの当時のTシャツは現在5万円以上の価値があるそうだ。
今、君は何を着て、これを読んでいる?
文:辻村健二