loin(ロワン)Vol.02 “物語”
こんにちは。ゆうさりという名前で音楽を作っています、niikawa rikoです。
今月のテーマは「物語」。
「物語の向こうの私たちへ」
物語の扉を閉めた。これからどこまでも太陽を吸い込んで黄色くなって、向こうとこちらへ、ぐんぐんと離れる静かな一瞬。
眠れないのか眠りたくないのか、何もできなかった日にはその何かを求めて物語をひらく。
冬と春の間に、室温と毛布に、体と心がちぐはぐしながら、小川洋子さんの「ブラフマンの埋葬」を読んだ。
夏の庭、泉。
駆け出してしまうみずみずしい足音。
あの子の目と取られていったその手。
思い出すことを、静かにその足が踏んだ土へ還していく。
読み終えてしまって、何も失っていない部屋の中、何かを見送った心だけが残った。水飛沫を浴びて、汗をかいてそれが冷めていった、その跡だけをなぞるような心地が残った。これらを持って、寂しさの波に混ざりながらも私たちは次へ運ばれてゆくのだ、と思う。
また、いつかは真冬の冴え冴えした空気に喜びながら、色々なところでヘルマンヘッセの『郷愁』を読んだ。
ボートを浮かべる湖と、ほとりのにおい。
ふたりの心と目。
ひとりの心と目。
あまりにも美しい朝に起こること。
時間が経ってしまって、私には文字の中の景色が断片的に残っているばかりだ。ひとつ覚えているのは、少し退屈だと思った長い場面が、一筋の美しい光のような景色で変わっていったこと。それを喫茶店の中で読んで、喫茶店で啓示を受けたと本当に思ったこと。
そんな物語の中に見た景色の断片。日々見たものの断片、会話や表情の断片。本当は、それらすべてに終わりと始まりがある。私はいつも、電車と電車のようにそれらとすごい速さですれ違いながら、やっとなにかの断片を掴んでいるのかもしれない。
音楽を作る時は、そうやって掴んだ言葉を貯めておいて、そこから小さな景色を思い浮かべて、景色の流れを立ち上げていくようにして作ることが多い。そして、その時鳴っているような音を探して探して、音楽の形を作っていく。
物語の扉を閉めた。これからどこまでも太陽を吸い込んで黄色くなって、向こうとこちらへ、ぐんぐんと離れる静かな一瞬。
あなたたちは続いていく。わたしたちは続いていく。
手のつけていないたくさんの問題たちを、あなたたちと新しい私の目がみている。
詩・文章:ゆうさり
写真:染谷かおり
Styling:榊原瑞希
Model:麻佑
loin 〈ロワン〉
“あつめた視点は 秘密基地から
遠いどこかで 受け取るあなたへ”