私がCashmere Catを愛し続ける理由

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私がCashmere Catを愛し続ける理由

私と同じ空間で目覚めたことがある人はご存じかと思うが、私は就寝時毎日iPhoneのアラームをセットしている。

起床時間は定刻ではなく“起きたい”時間。そこを目指して、その1時間前から、5分おきにアラームが鳴るように設定している。

たまに美空ひばりの「川の流れのように」が読んで字の如く川の流れのように流れてくるのだが、9割はAriana Grandeの甲高く美しい声が流れる。

私のiPhoneに、厳密に言えば私に、嫌と言うほどこれを聞かされた友達は、もうこの曲でしか起きることが出来なくなってしまったらしい。因みに私は約5年間、Ariana Grandeに起こしてもらっている。

サイバー空間にて、気紛れな猫との遭遇

2014年、当時16歳の私はEDMとHIPHOPにめちゃくちゃハマっていた。

というか日本総体で見てもEDMは全盛期だったのではないかと思うほどそこら中に垂れ流されていたような気がする。

当時から、音楽や流行に敏感な人が周りに多かったせいかもしれない。

私はSkrillexのDirty Vibe (2014) が特にお気に入りだった。HIPHOPならWiz KhalifaのLet It Go feat. Akon (2012) で、着信があれば未だにこれが鳴る。あとはSteve Aoki、Diplo、Deorro がHot Hot HeatのSteve BaysをフィーチャーしたFreak (2014) 、これに関しては当時のアラームだった。

で、そのあとでAriana GrandeのBe My Baby feat. Cashmere Cat (2014) に差し変わった。前に話したArianaのアラームとはこれのことで、朝聞くには高すぎる彼女の声と低すぎるトラックの音域が中和し合い丁度良いのだ。

Freakを止めた理由は目覚めすぎるから。なんせ同居している全員が目覚めてしまうのだ。これのせいで私が起きたい時間に家族全員が起床していた。

聴いたことがない人は聴いてみたら痛いほどわかると思う。私も毎朝耳と頭が痛かった。

Cashmere Cat at the L.A. home of his friend, the producer Benny Blanco, 4 April 2017
©2021 THE FADER

Be My Baby feat. Cashmere Catより先に、私はこれにフィーチャーされているMagnus August HøibergことCashmere Cat (カシミア・キャット) を知った。

23歳の今でもそうだが暇さえあればインターネットや書籍で過去を漁る癖が私にはある。

当時はまだApple MusicもSpotifyもリリースされていなかったからひたすらSoundCloudに潜って音楽をdigっていた。

いつも通りEDMとHIPHOPの境目を縫うように音の中をサーフィンしていたある日、MiguelのDo You … (Cashmere Cat Remix)(2013) に辿り着き、マウスの左ボタンを叩いた。

快楽と苦痛に構成される愛に依存する

Photographer CLEMENT PASCAL
©2021 THE FADER

原曲Do You … (2012) 自体は知っていた。

当時ビルボード・ミュージック・アワードで話題となっていたためにMiguelを知った。今回はそれについては言及しないが気になる人は「Miguel Reg Drop」と検索してみてほしい。

曲中、Miguelは「ドラッグは好き?」と女の子を誘い「今夜はドラッグを試てみてほしい」と自分をドラッグに例えている。

Miguelのふしだらで優しい“Do you like drugs? ”はまさに新しい“I love you”の言い回しだった。魅力的で、完全に無駄な時間を誰もが想像するはずだ。

SoundCloud on CASHMERE CAT

そのリミックスバージョン、Do You … (Cashmere Cat Remix) を初めて試した時、不快感が全身を走った。

Cashmere Catのそれは甘いだけではなかった。

飲めば飲むほど意識は朦朧としてきているはずなのに、口内を蝕むアルコールの味だけはしっかりと感じる。甘いジュースと強いアルコール、クランベリーウォッカのような音だった。

零れ落ちるピアノの音と、情動のように激しく揺れ動くメロディの抑揚。執拗にYesを求める「Do you like?」

愛を希い、それに依存していく様はまさに“レクイエム・フォー・ドリーム”だった。マリオンの夢を見ながらハリーが病院のベッドの上で目を覚ますあのシーンにぴったりだと思った。そして「こんなはずじゃなかった」と思った。

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Twitter on @CASHMERECAT

5分強、聴いたことのない音が頭の中でスクロールし続けた。

まだ16歳だった私には、愛やドラッグの“悍ましさ”を理解することはできなかった。みぞおちの底からゴポゴポと何かが沸き上がってくるような不快感のみがただある。

私は、悲歎と欲望に塗れたDo You …に憎悪を抱きながら、しかし依存した。

それは間違いなく愛でもドラッグでもあった。ジークムント・フロイトの精神分析理論から引用すればこの両価感情はアンビバレントと呼ばれる。

アンビバレント主義者の歪なレクイエム

9 (After Coachella) feat. MØ, SOPHIE
© Spincoaster

それから私はCashmere Catが歪めた音を隅から隅まで聴いた。

彼はコントロールフリークで、日常という本物と、それを改造した非日常という偽物とをいつも1曲に閉じ込めていた。それは間違いなくエレクトロミュージックで、ポップ (日常) だったが、いつも奇妙 (非日常) でもあった。

自分が本物だと信じて疑わなかった世界が途端に異次元へと遷移し、そしてまた元の世界が展開されるその目まぐるしさ。Fifth HarmonyのWork from Home (2016) に大きなリバーブがかかり、ArcaのPiel (2017) が流される。そんな風に日常と非日常が衝動的に往来していた。

Camila CabelloをフィーチャーしたLove Incredible (2017) を聴けば必ずそれを体験できるはずだ。Bon Iverが、Kanye WestのLost In the World (2010) でやった歪曲よりももっと激烈である。

アンビバレンスな感情を持てるものばかり求めてしまう私なのだが、それもCashmere Catと出会った頃からなのかもしれない。

instagram on @cashmerecat

香辛料の効いた物しか食べないし、重たいジャケットばかり羽織る。悪質な暴力行為などの重罪で起訴された男が不安を嘆く、SAD! (2018) な曲に体を揺らす。BPMが必要以上に上げられたクラシック、それをサンプリングしたHIPHOPを聴くし、1日履き続ければ足が壊れそうになるハイヒールが好き。男の趣味もそう。

Cashmere Catはそういう音楽をやる。

彼がプロデュースし「The Life of Pablo」(2016) に捩じ込められたKanye WestのWolves (2016) を聴けばミニマルなアレンジに安心し、かと思えば重厚すぎるオートチューンのブリッジと隠顕するコーラスに緊迫させられる。

9 (After Coachella) feat. MØ, SOPHIE (2017) には、長く寒い冬の中で太陽を求めて躍るMØと、やっと向いた脚光から逃げるように満月に手を伸ばし、バルコニーから滑り落ちて転落死したSOPHIEがいる。

私がカシミア・キャットを愛し続ける理由

Cashmere Catの作品には、スプリッティングされた陰と陽、日常と非日常、愛と憎悪、歓喜と悲哀を狭義には交互に、そして広義には同時に感じるのだ。

そして斬新的な世界ばかりを展開している彼は、太ももの中央あたりまで丈があるオーバーサイズのグレーのパーカー、ナイキのジョガー、コンバースの黒のハイトップ、エクスペリメンタルな作品を取り扱うレーベル、Fade to Mindのロゴが入ったキャップを身につけている。

PHOTO BY CAIT OPPERMANN © 2021 VICE MEDIA GROUP

彼の作品は然り、明るい現実世界で音楽に触ることのできる今でも長い髪の後ろに殆どいつも顔を隠し、暗い部屋でデスクトップに吸い込まれている歪なCashmere Cat。

そんな彼を、私はアンビバレントし続けているんだと思う。


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kozukario

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