sacai、阿部千登勢のサクセス・ストーリー

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sacai、阿部千登勢のサクセス・ストーリー

VOGUEが「カジュアルとフォーマルの二分法を打ち破るブランド」と評する日本のドメスティックブランド、sacai(サカイ)。

1999年に、デザイナーの阿部千登勢(旧姓:坂井)によって設立され、「日常の上に成り立つデザイン」をコンセプトにメンズ・ウィメンズを共に展開している。

三宅一生への憧れ、COMME des GARCONSの渡辺淳弥

阿部千登勢がデザイナーを志すきっかけは三宅一生だった。小学5年生の頃、何気なく見ていたテレビにISSEY MIYAKEのデザイナーである三宅一生が映し出された。

「これになりたい」と、その日から現在に至るまで、阿部千登勢はデザイナーを夢に見続けることとなる。

1987年に名古屋ファッション専門学校服飾科を卒業し、大手アパレル会社のWORLDに入社した。WORLDではアパレルの基礎を2年間学び、1989年にCOMME des GARCONSに入社。ニットウェアのパタンナーや企画を担当する。

当時、COMME des GARCONSでは渡辺淳弥がtricot COMME des GARÇONSのデザイナーを務めていた。

彼は自身の名を冠した新ラインを立ち上げようとしていた。川久保玲以外のデザイナーが、デザイナーズブランドを誕生させるというCOMME des GARCONSの変革期。

1992年にJUNYA WATANABEが立ち上がる。阿部千登勢はこの発足に参加した。

阿部潤一との生活の上に誕生するsacai

1996年、kolorの創設者であり「素材の魔術師」の異名を持つ阿部潤一と結婚。

「自分が本当に必要とされるなら、どんな状況でも仕事は出来る」

阿部千登勢は、出産・育児のために約8年間勤めたCOMME des GARCONSを1997年に退社し、子育ての道を選んだ。

それから2年の時が経ち1999年、夫の阿部潤一にブランドの立ち上げを勧められ、資本も支援者もなく、育児と家事がある生活の中で服を3型を編み上げる。

はじめのこの3着は手編みのセーターを基本にしており、それぞれ内側にブラウスの生地がついていたり、後ろにゴムがついていたり。ニットと布帛を混ぜた作品だった。

これに2型を追加し、合計5着。

JUNYA WATANABEで立ち会った、1から創造するということ。手元にあるたった5着の洋服。「それでもいい」と言う阿部潤一の言葉を受けて、阿部千登勢はsacaiをスタートさせたのである。

sacaiの始まりの時、彼女は既に「坂井」千登勢のフェーズを終え、「阿部」千登勢へと移っていたが、阿部潤一のアイデアでブランド名をsacaiと決めた。

COMME des GARCONSでのパタンナー経験を活かし、立体的なニットや異なる素材を組み合わせた普通に畳めない異型の洋服たち。

それらは全て阿部千登勢自身が着たい服であり、他にはないものだった。

育児や家事といった生きていく上で大切なこと、変化する日常。

ただのセーターに阿部千登勢のエレガンスさが加えられた時、そのセーターは日常の延長線上に似合うものになり、それが新しいスタンダードになり、そしてsacaiになる。

渡辺淳弥に追いつく一度目。そして川久保玲、三宅一生と並んだ二度目の大賞受賞

華やかなショーを開くための服ではなく、新しい日常を届けるsacai。

「世界のどの場所でも同じようにこの新しい価値観を伝えたい」という思いから、2004年にパリデビューを果たした。

2006年には、スペシャルなものという思いを込めて、宝石や原石を意味するgemに由来するsacai gemを10 corso como COMME des GARÇONS(ディエチ コルソコモ コム デギャルソン)のエクスクルーシヴカプセルコレクションとして発表。

あわせてランジェリー・ホームウエアーラインsacai luckもスタートさせる。

翌年の2007年、阿部千登勢は毎日ファッション大賞を受賞。sacai立ち上げの年、1999年に渡辺淳弥が受賞したあの大賞である。

2015年には阿部千登勢が二度目の大賞を受賞。

「この一年の活躍は群を抜く」「他のジャンルにも影響を与えている」などの理由から、選考会の全会一致で受賞が決まった。 

それまでに二度以上の大賞受賞を果たしたのは、COMME des GARCONSの川久保玲、Yohji Yamamotoの山本耀司、UNDERCOVERの高橋盾、そして阿部千登勢が憧れ続けたISSEY MIYAKEの三宅一生の4人だった。

阿部千登勢は、表彰式で「ブランドをスタートして17年、好きなことだけを追求することができた。これからも、まだ自分が見たことのない景色を見たいと思う。精進していきたい」と語り、誰もが認める日本のトップデザイナーとなったのである。

世界がMONCLER Sで暖まる時

そんな阿部千登勢とsacaiの認知度を世界に向けて押し上げたのは、イタリアのプレミアムスポーツブランドであり、「プレミアムダウンの代名詞」とも言われるMONCLER(モンクレール)とのコラボレーションではないだろうか。

MONCLERは、メインラインに加えて外部デザイナーとのコラボレーションラインを複数展開しており、ジャンバティスタ・ヴァリ(Giambattista Valli)によるGamme Rouge、トム・ブラウン(Thom Browne)が手がけるGamme Bleuは、メインラインより高額のファーストラインとしてコレクションを発表している。

これに加えて2009年、MONCLERが阿部千登勢を抜擢し、初の日本人デザイナーとして阿部千登勢による新ライン、MONCLER Sの展開をスタートした。

MONCLER社の会長兼CEO、レモ・ルッフィーニ(Remo Ruffini)の妻がsacaiを愛用していたことがきっかけだった。

MONCLER Sでは、あくまでもMONCLERらしくダウンをベースとする。

これまでsacaiがプレミアムダウンにチャレンジしたことはなく、しかしこれまでに使ったことのない素材やどのような状況でもsacaiの考え方やデザインは適応するということを証明した。

sacaiとMONCLER、両者の「らしさ」を引き立たせるMONCLER Sは、身につけたときに初めて価値が出るリアルクローズである。

世界の反響は大きく、sacai、そして阿部千登勢の思考や生活はグローバルで受け入れられた。

NIKEと共に走り続けるsacai

グローバル化したsacaiは2015年、NIKEとのコラボレーションを発表。

NikeLab x sacai ウィメンズスポーツウェアコレクションとして、1990年から世界中で愛される伝統的なNIKE Air Max 90をベースに、女性らしさとモダンさをフィーチャーした作品を披露する。

阿部千登勢によって再構築されたAir Max 90は、シューレースなしのスリップオンタイプという革新的なデザインとなった。

阿部千登勢はこのコラボレーションについて次のように語った。

「伝統的なシルエットやアイディアは、しばしば実用的あるいは機能的なスポーツウエアに由来するものですが、それらを扱っているうちに、異なる素材や形を融合させて、予想しなかったけれど着やすい、新しいハイブリッドなものを作りたいと思うようになりました」

過去に敬意を表しながら日常を歩み、その現在をアップデートしていく阿部千登勢らしさにあふれるNIKEとsacaiのコラボレーションは2023年になる現在も続いている。

二重仕様のシュータンとシューレースが特徴的なNIKE sacai Vaporwaffle(ヴェイパーワッフル)は誰もが知る名作と言えるのではないだろうか。

ゴルチエと阿部千登勢、2人のアンファン・テリブルによるGaultier Paris by sacai

Cartier(カルティエ)の約100年もの歴史を持つトリニティリングを再解釈したCARTIER TRINITY FOR CHITOSE ABE OF sacai、キム・ジョーンズ(Kim Jones)との対話から生まれたDIORとsacaiのコラボレーションカプセルコレクション、DIOR & sacaiなど、阿部千登勢はファッション業界のヒロインへと上り詰める。

「ファッション業界のアンファン・テリブル」と称されるジャン=ポール・ゴルチエ(Jean-Paul GAULTIER)とのコラボレーションは記憶に新しい。

2020年1月のJEAN PAUL GAULTIER オートクチュールコレクションを最後にファッションデザイナーを引退したジャン=ポール・ゴルチエは、彼自身が尊敬するゲストデザイナーをシーズンごとに招く形でのオートクチュール継続を発表した。

その記念すべき第一弾として迎えられたデザイナーこそ阿部千登勢だった。

ジャン=ポール・ゴルチエは、背中にレースがあしらわれたsacaiのセーラードレスの写真を見た時に「すごい、誰が作ったんだろう?」と思った。

その後ゴルチエは東京を訪れ、母、そして妻としての働き方を見せる阿部千登勢のライフスタイルや彼女の作品に惹かれた。

このGaultier Paris by sacaiにて阿部千登勢は、sacaiの特徴的なハイブリッドの手法を散りばめ、象徴的なデザインを再構築することによりゴルチエのアヴァンギャルドなスピリットを生まれ変わらせる。

ゴルチエのトレードマークであるブルトンストライプのトップスも登場。

ブルーのラインをサテンからチュールにグラデーションさせるという、異素材をひとつのものとして完成させる阿部千登勢らしい作品となった。

阿部千登勢は「私とゴルチエの共通点は、技術的なディテールというより、服をデザインする時のインスピレーションの源や精神にある」と語る。

母親が父親のパンツを自分用のスカートにリメイクする姿を見ていたゴルチエと、余剰生地をトートバッグやスリッパなどに昇華するZantan(残反)というプロジェクトに取り組む阿部千登勢。

Gaultier Paris by sacaiで目を引いたデニムからアップサイクルされたコート、ジャケットやオーバーオールの作業着から作られたドレスは彼女らの共通点による最高傑作だ。

宇宙はいつも日常の隣にある

2023年1月22日、sacaiはパリ3区にあるCarreau du Temple(カロー・デュ・トンプル)で2023年秋冬コレクションを発表。

クリストファー・ノーランによる映画『インターステラー』(2014年)にインスパイアされ、会場には月の色をした砂利が敷かれていた。

ハンス・ジマーが手がけたサウンドトラックに合わせて、モデルがランウェイに登場する。

あの書斎をプリントしたコートとニット、マシュー・マコノヒー演じる主人公、ジョセフ・クーパーの名ゼリフ「It was never meant to die here」(ここで死ぬはずじゃなかった)をサンプリングしたジャケットやパンツなど、インターステラーを連想させるアイテムが数多く発表された。

また、このコレクションではコラボレーションアイテムが多数披露されたことも印象的だった。

人間工学に基づいた設計や斜めにセットされたシューレスが特徴のNIKE Air Footscape(エアフットスケープ)をベースにしたコラボシューズは、ナイロンとスエードによりsacaiの卓越したハイブリッドワークを象徴し、MONCLERとの共作である真っ白なダウンは宇宙服を思わせた。

ワークウェアブランド、Carhartt WIP(カーハート ダブリューアイピー)とのコラボピースであるゴールドのボタンが付いたビッグカーディガンはカジュアルな生活の中に溶け込むだろう。

日本、世界、そして宇宙へとステージを上げていく阿部千登勢とsacai。

阿部千登勢もsacaiも、何処まで行こうが日常の上に成り立っている。日常や家庭がいかに人の原動力となるのかは言うまでもない。


sacai 公式サイト


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kozukario

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