“ヴァージル・アブロー”という生き方 (ref. OFF-WHITE / LOUIS VUITTON / Pyrex Vision)

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“ヴァージル・アブロー”という生き方 (ref. OFF-WHITE / LOUIS VUITTON / Pyrex Vision)

2013年、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh、ファッション・インテリアデザイナー/アーティスティックディレクター/建築家/DJ/エンジニア)は、イタリアのミラノにて OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH(オフホワイト、以下OFF-WHITE)を立ち上げた。

オフホワイトとは「黒と白の間の灰色の領域」である。

ヴァージルがOFF-WHITEという名前を選んだのは、黒か白か、男性か女性か、マスマーケットか憧れか、などという「境目は存在しない」ことを気づかせるためである。

偉大な建築家による脳のリプログラミング

ヴァージル・アブローはイリノイ州シカゴに位置するイリノイ工科大学のクラウンホールで建築を学んだ。修士課程の講義が行われているこの建物も、カリキュラムも、20世紀のモダニズム建築を代表するドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエによるものだった。

クラウンホールは、床と天井と壁、そして設備コアとなる2つの柱以外には何もない。

このように、必要に応じて仕切りや家具を配置することにより、いかなる用途にも対応できるようにつくられた空間はユニヴァーサル・スペース(均質空間)と呼ばれる。

「空間の使い方は利用者に任されるべきで、建築により規定するべきではない」というミース・ファン・デル・ローエの考えのもと設計された空間である。後に平均性・均質性を特徴とするユニヴァーサル・スペースは現在のオフィスビルのモデルとなった。

シカゴ市内のオフィスビルのほとんどが限定的で内向きの空間となっている中、誰でも立ち入ることができる常にオープンなユニヴァーサル・スペースとしてのクラウンホールで、またミース・ファン・デル・ローエがカリキュラムを作成し、建物の大半のマスタープランを描いた大学で、ヴァージルは学んでいたのである。

あるインタビューでヴァージル・アブローは、“I started a career to make a brand to do architecture (建築をするためにファッションブランドを立ち上げてキャリアをスタートさせた)と語っている”。(2020年12月22日 Dezeen – I started my fashion brand to do architecture says Virgil Abloh)

偉大な建築家というのは、他人の脳をリプログラミングする程の影響力を有する。

論理的で実践的な“Architecture”

「architecture」という単語は文脈によって意味を変えるため、「建築」を意味する場合もあれば、目的を実現するための方法論や技術的アプローチを指す場合もあり、単にある特定の技術を指す場合もある。

“規定を信じていない”というヴァージル・アブローは、architectureの本来あるべき姿を知っていたのではないだろうか。

ヴァージルの言葉を日本語に直訳すれば、「建築をするためにファッションブランドを立ち上げてキャリアをスタートさせた」となるが、彼の言う“architecture”とは本当に「建築」だけを指しているのだろうか。

多様で輝かしいキャリアを持つ建築家 ヴァージル・アブローなら、どのような機関で働いてもそれを発揮することができるはずだろう。

しかしこの建築家は、SOM(アメリカ合衆国最大級の建築設計事務所 Skidmore, Owings & Merrill)で働くことも、建築の道を真っ直ぐに歩むこともなく、ファッションブランドを確立させた。

ヴァージルがその功績で実証したように「ファッションを作るために、ファッションが存在しているのではない」し、「建築のために、建築があるのではない」。

そして高貴なデザイナーやディレクターたちがレストランのロビーで夕食についての会話をする傍らで、実務経験を積む現場の人たちから「ファッションとは何か?小売とはどういうことか?」を聞き出すのがヴァージル・アブロー流なのである。

クリエイションにおいて、エトスやリサーチ、ロジックはもちろん重要であると彼は考えている。しかしヴァージルは、実際にスタッドを打ち込んで、コンクリートを作っていく。

つまり論理的であると同時に、実践的でもあるのだ。

建築の思考を使えば、やるべきこと(建築)だけでなく、その他のあらゆることの実践が可能となり、ヴァージルにとってはファッションもそのひとつだった。

ここまでを以下にまとめる。

  • ミース・ファン・デル・ローエのユニヴァーサル・スペースの考え方は、平均性・均質性を重視する
  • 空間の使い方は利用者に任されるべきで、建築により規定するべきではない
  • architectureという単語は文脈によって意味を変える
  • 建築家は規定を超越した上で、論理的かつ実践的に思考できる
  • オフホワイトとは「黒と白の間の灰色の領域」である

これらを考慮した上で、ヴァージル・アブローのクリエイティブを見ていく。

LOUIS VUITTON 2019年 春夏コレクション

2018年6月21日、LOUIS VUITTONが、ヴァージル・アブローが初めて手掛けるコレクション、2019年 春夏メンズコレクションをフランス・パリの王宮パレ・ロワイヤル(Palais-Royal)にて発表した。

会場には終わりが見えないほど長い、虹色のランウェイが敷かれていた。

通常、ファッションショーの一番前の席はフロントロウと呼ばれる。客に優劣はないが、「フロントロウ=最も大事なお客様」と考えるのが一般的だろう。

ヴァージルが、自身による初コレクションを披露するこの会場に長いランウェイを用意したのは、来場者全員をフロントロウのお客様とするためだと考えられる(オールフロントロウと言えよう)。

またヴァージルは他のブランドのショーにも招待されるようなセレブや業界人だけでなく、ファッション業界のまさに未来である服飾学生やLOUIS VUITTONの生産現場で働く数百人のスタッフたちなど、現在のフランス社会における現実を生きる人々を招待した。

黒人モデルによるファーストルックをはじめ、ランウェイの序盤は無垢の可能性を意味するかのように白のルックが続き、ショーが進むに連れてたくさんの色に彩られていった。

またこのコレクションは『オズの魔法使い』に着想を得ており、ヒロインであるドロシーのフォトプリントが施されたアノラックタイプのウインドブレーカーも登場した。

ドロシーは、子犬、カカシ、ブリキの木こり、ライオンといった人間ではない「自分とは異なる」仲間たちと共に冒険をする。

ヴァージルはドロシーに自身の半生を重ねたのだろう。

レインボーカラーで彩られた王宮、国境や人種を越えたキャスティング、そして自由でフラットな空間利用。

ダイバーシティ&インクルージョン。

規定や壁、溝を越えていくヴァージル・アブローの生き方が最も顕著に可視化されたコレクションだったのではないだろうか。

ショーのあと、ヴァージルは長い虹色のランウェイをゆっくりと歩いた。恩師であり親友のカニエ・ウェストを見つけ、駆け寄り、涙を溢れさせながら抱擁を交わした。

こうしてヴァージル・アブローは、約200年の歴史を持つLOUIS VUITTONにとって初めての黒人デザイナーとなったのである。

Figures Of SpeechとOFF-WHITEの前身、Pyrex Vision

2019年、約20年にわたるヴァージルのクリエイティブワークにフォーカスした初の美術館展がMCA Chicago(Museum of Contemporary Art Chicago、シカゴ現代美術館)に始まり計5箇所を巡回した。

展覧会には「言葉を文字通りの意味以外で用いる方法」を意味する“Figures Of Speech”というタイトルが付けられた。

当時人気急上昇中だったラップグループA$AP Mobのメンバーも出演している“A TEAM WITH NO SPORT”という5分55秒のビデオは、2012年に展開されたOFF-WHITEの前身となるブランド、Pyrex Visionのプロモーションビデオである。

安く仕入れた市販のパーカをボディとし、クラックコカインを「調理」するために使われるガラス製調理器具ブランドの“PYREX”と、マイケル・ジョーダンの背番号“23”の文字、フロントには16世紀のイタリア人画家カラヴァッジョの『キリストの埋葬』(伊:Deposizione)がプリントされている。

この“PYREX”と“23”は、黒人の恵まれない青年がその苦難を克服するための方法を暗示している。

「ドラッグを売るか」「有名なスポーツ選手になるか」という2つのステレオタイプな方法だ。

またヴァージルにとってカラヴァッジョは、ある物事の価値や人物の力量を見極める試金石のような存在だった。

革新的な明暗(キアロスクーロ)と、それがどのように絵画の方向性に影響するのか、ヴァージル・アブローの物語とカラヴァッジョの描く物語は結びついているのである。

そしてヴァージルは、この一人の芸術家の革新が歴史の流れを変えることができると確信し、未来に希望を持てない若者を鼓舞するために画家の作品を取り入れた。

“Figures Of Speech”は大盛況となり、その成功は、アート、デザイン、ファッションという、ヴァージルが特に巧みに操るそれぞれの世界の接近を物語っていた。

当時、これを最も近くで見ていたMCAのチーフ・キュレーター、マイケル・ダーリングは、ヴァージル・アブローのクリエイションについて「境界やジャンルを超えることに全く恐れを知らない、非常に現代的な仕事の仕方だ」と言った。

純粋主義者(purist)と観光客(tourist)

ヴァージルは、異なる3つの分野を、1つの集合的なビジュアル・アイデンティティとして形成できることをFigures Of Speechにて証明した。

アート、デザイン、ファッションはヴァージル・アブローによって接近し、交わされ、時間の経過とともに変化し、それぞれがピュアではなくなっていく。

一方で彼は、ファインアート(純粋芸術=美しい以外にとくに役に立たない芸術)が切り開いてきた「自由と個人主義」にインスパイアされ続けていた。

「一般的なクリエイター」は、ペルソナを絞ってアプローチを行いがちであり、そのペルソナには下記2種類の人々がいる。

  • 純粋主義者(purist)=物知りな玄人
  • 観光客(tourist)=好奇心豊富な素人

この”純粋主義者(purist)“と“観光客(tourist)”は、ヴァージル・アブローが遺した2016年から2021年までのインタビュー、対談、座談会9本を厳選収録した対話集『ダイアローグ』にて、彼が展開した「ヴァージル語」のようなものである。

「芸術のための芸術 (l’art pour l’art) 」を主張する芸術至上主義者たちは「わかる人にはわかる」ファインアートを展開し、観光客を軽視しがちになってしまう。

ヴァージルは、そんな彼らの自由と個人主義を評価し、また超商業的なものを芸術的にしていった。IKEAやNIKEとのコラボレーションはその代表作だろう。

芸術とビジネスの二項対立を回避することで、純粋主義者と観光客を出会わせ、より多くのコミュニケーションを発生させる。

より多くの人々に届く新しい可能性を探究し、そして共有し続けたのである。

OFF-WHITE

2021年11月28日、心臓血管肉腫のため41歳で急逝するまでヴァージル・アブローはビジョナリーであり続けた。

ヴァージルがこの世を去って以来初めて開催された2022年2月28日のOFF-WHITEのショーは、「Spaceship Earth(宇宙船 地球)」と名付けられた。会場にはファレル・ウィリアムスの「コードを共有して」というメッセージが流れる。

ヴァージルに捧げるこのコレクションのショー音楽は、LOUIS VUITTONのサウンドも担当していた友人のジェフ・ミルズが手掛けた。

ラグジュアリーストリートは継承され、フーディやカーゴパンツはモードに昇華している。ヴァージルのシグネチャーであるクォートモチーフ(引用)も披露された。純白の旗には、“Question Everything(すべてを問え)”と書かれている。

このプレタポルテはオートクチュールのようなハイファッションのラインナップへとシームレスに変遷していった。ヴァージルによるデザインと、クリエイティブチームとコラボレーターによって完成されたルックの数々。

ヴァージルの友人であり女優のサラ・ジェシカ・パーカーに捧げる“The Carrie B.”と題されたルック、“The Verg”と名付けられた、ヴァージルお気に入りのオーバーサイズ・ジャケット、ベースボールキャップ、スニーカー、そしてサングラスを合わせた自画像とも言えるルックまで、それぞれのルックにヴァージルの生涯が散りばめられている。

“MORE LIFE”という短いフレーズが書かれたハンドバッグには、カプセル剤が詰められていた。

このOFF-WHITE 2022-23年 秋冬コレクションは、ファレル・ウィリアムスの「コードを共有して」というメッセージの通り、ブティックやヘアサロン、薬局など、パリ市内の様々な店のショーウィンドウに設置されたテレビモニターでライブ配信された。その数100店舗。

多くの人々に「ヴァージル・アブローという生き方」が届けられたのである。

宇宙船、地球。

ヴァージル・アブローにとって地球は、あらゆる異なるカテゴリーを観光するための宇宙船だった。彼の美しい魂を乗せて、私達はもっと広い宇宙を冒険しよう。

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kozukario

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