Dry Cleaning オーディエンスの脳裏に強烈な印象を残した11月30日 東京公演のライヴ・レポート
Dry Cleaning @ LIQUIDROOM 11月30日 (WED)
“トーキョー・バウンシー・ボール”というコーラスも印象的なシングル「Scratchcard Lanyard」で〈4AD〉からデビューしたロンドンの4人組バンド、ドライ・クリーニング。そんな彼らの初来日公演となったこの日のライヴを表現するなら、“違和感”の一言に尽きるだろう。もっとも、しばしば“一体感”や“高揚感”が重視されるコンサート会場において珍しいというだけで、その違和感自体は、日常生活の中で誰もが抱いているものだ。
カーテンのように垂れ下がったワンレンヘアの隙間から、生気のない顔を覗かせるヴォーカルのフローレンス・ショウ。ハードコア・パンクとノイズ・ミュージックをルーツに持つギターのトム・ダウズと、メタラーのような長髪をなびかせ、ヘッドバンギングしながらゴリゴリのベース・ラインを弾くルイス・メイナードに挟まれた彼女は、ついさっきベッドルームで目を覚まして、何も知らないままステージに連れて来られてしまったかのようだ。それもそのはず、もともとロンドンの様々なバンドで活動していた男性メンバー3人に、当時は大学の美術教師で、全く音楽経験のなかったフローレンスが加入する形で結成されたのがドライ・クリーニングなのである。
そんなフローレンスは、ポスト・パンクやニューウェイヴを思わせる曲に乗せて、ブツブツと呟くように歌う。時々メロディらしきものや、音程の合っていない奇声を発したりするものの、ほとんど抑揚のないそのヴォーカルは、人工知能によって自動生成された、サブカルチャーについてのテキストを読み上げるアレクサのようである。大事なのは文脈、とはフローレンスの言葉だが、YouTubeのコメント欄や広告のキャッチコピーからの引用を含むという彼女の歌詞は、文脈から剥ぎ取られることによって、全く違った意味を帯びている。たとえば、“ぽっちゃり太った/ノーメイクの/賢くないレディ”という女性蔑視のような「Unsmart Lady」の歌詞が、実は92年に出版された暴露本の中で、ダイアナ元皇太子妃が自身を形容した言葉だったというのも象徴的だ。デビュー当時はソニック・ユースやピクシーズと比較されることの多かった彼らだが、最新作『Stumpwork』からの楽曲ではトムが12弦ギターを弾いたり、ファンクやアンビエントの要素を取り入れることによって音楽性の幅が広がり、その正体はますます掴みづらくなっている。
ドライ・クリーニングのライヴは、それ自体が“正解のない間違い探し”のようなものなのかもしれない。トムがスマッシング・パンプキンズのTシャツを着ていたことや、その背後にいたローディーのような男性が一度も紹介されることなく、いつの間にかギターやキーボードを弾いていたこと、それまで淡々とビートを刻んでいたドラムのニック・バクストンが突然サックスを吹き始めたと思ったら、結局その一曲だけだったのもそんな印象を強めている。 角度を変えて眺めると頭蓋骨が見えてくるハンス・ホルバインの絵画「大使たち」について歌った「Strong Feelings」が頭で鳴り響くまま会場を後にし、入口に貼られていたドライ・クリーニングのポスターを見ると、ソファに腰掛けるフローレンスの手前に、何やらピントのぼけたソファのようなものが映り込んでいることに気づく。理由はわからない。しかし安易に答えを提示することなく強烈な違和感を残すこの日のライヴは、石鹸についた毛のように、観客の脳裏にこびりついて離れなくなったはずだ。
Text by 清水祐也(Monchicon!)