ものづくりに”ぺたっ”と寄り添う1枚を。下町の凸版シール印刷所「マエダ特殊印刷」

  • INTERVIEW

lifestyle

ものづくりに”ぺたっ”と寄り添う1枚を。下町の凸版シール印刷所「マエダ特殊印刷」

目の前に、1枚の紙があります。

「さあ好きなものを作って」と言われると、頭を悩ます人も少なくありません。でも「好きなシールを好きに貼って」だと、わくわくしながら取り掛かれる人も多いはず。

私たちにとってシールを貼ることは、“気軽に楽しめる最も身近な創作活動”なのかもしれません。

“貼って”“はがして”が楽しいシールも、時にはパッケージやプロダクトの印象を大きく左右する存在として重宝されます。

東京・深川にある、1950年創業の凸版シール印刷所「株式会社マエダ特殊印刷」。

目が覚めるような赤い外壁の向こう側には、お客さんの要望に寄り添い、日々シールを作りつづける人たちがいます。

今回は「マエダ特殊印刷」の前田努さん(3代目)と高岩千容さん(グラフィックデザイナー)ご夫婦に、凸版シール印刷所のものづくりについて伺いました。

―「マエダ特殊印刷」は家族で営んでいるんですね。

努さん:僕の両親と僕ら夫婦、あとはベテラン職人の方との5人体制です。1950年に祖父(初代)が開業して以来、凸版シール印刷を専門にやってきました。

今はお客様の要望に合わせて名刺やポストカードを刷ったり、印刷物のデザインも含めてご提案するケースもあります。注文品の製造に加えて、自社製品の製造・販売も行なっていますよ。

―努さんはなぜ家業を継ごうと思ったんですか?

努さん:僕らが入社したのは約2年前です。それまで僕は靴のデザイナーを、妻はグラフィックデザイナーをしていました。2人ともモノを作る仕事だったこともあり、いつか一緒にものづくりを生業にしたいと思っていたんです。

このところ印刷業界は不況が続いていて、当時も暗いニュースが多かったんですよ。もちろんうちも例外ではありませんでした。大変そうにしている父(2代目)を見て、「僕も家族が長い間守ってきたものを大切にしたいな」と思ったんです。

せっかく実家が「凸版シール印刷」なんてニッチな印刷業をやってるんだから、その環境を最大限に活かしたものづくりをして、魅力を伝えていくのが僕らの役目かなって。

―お祖父さんの代から、ずっと同じ印刷技法なんですか?凸版印刷について詳しく教えてください。

努さん:凸版印刷は、数ある印刷技法の中で最も古い方法です。凹凸のある版にインクを着けて、絵や文字を紙に写す。時代とともに印刷機械は進化しましたが、基本的なやり方は祖父の頃と変わりません。

北千住のカフェ「TUJI -お茶とかき氷-」のシールは、2枚の版を組み合わせて刷る。

努さん:転写する紙に合わせて、インクも何色かを混ぜて使います。

例えば「『白い紙』に『オレンジ色』で刷って欲しい」という依頼があったとします。一口に「白い紙」と言っても、青みを帯びた白から、生成りの白まで色んな種類がある。同じオレンジ色のインクでも紙によって発色が変わるので、“お客様の思い描くオレンジ色”にするための調合が必要なんです。

―インクも混ぜて作るとなると、その選択肢は無限大ですね!

努さん:そうそう、もはやオーダーメイドですよね。

シール用紙もかなりの種類がありますよ。印刷面の色や素材の違いに加えて、粘着面の違いもある。剥がれにくい「強粘着」、付箋のような「弱粘着」、あとは「粘着面が着色されているシール用紙」とか…僕らも把握しきれない(笑)シールってまさに無限大かもしれません(笑)

―「マエダ特殊印刷」の自社製品「トッパンシール」も拝見しました。凸版印刷ってこんなに細かな表現ができるんですね。

努さん:妻が細かいタッチの絵を描くので、それをシールにしたら面白そうだなと。試してみたら、とても綺麗に線が出ました。

千容さん:でも社内ではあんまり評判が良くなかったんです(笑)

「トッパンシール」のモチーフは息子さんのリクエスト

努さん:うちの両親は「なにこのセミとかクワガタとか、売れるはずないわ!」と(笑)

千容さん:そうそう、「全然かわいくない!」ってね(笑)

努さん:でも僕らは「これがいいんだよ!かわいいシールなんて他にいっぱいあるんだから!」って説得して(笑) 同業他社は数あれど、凸版印刷でこんなに細い線を刷るところは他にありませんから。古くからある凸版印刷の新しい表現を見せたかった。

千容さん:凸版印刷の持ち味を最大限活かすとなると、この表現が一番合っていると思いますね。パッケージデザインから携わらせていただいた「てのひらワークス」さんのシールにも、細かな葉脈を描いた葉っぱのイラストをあしらいました。

―「てのひらワークス」さんとのものづくりについて詳しく聞かせてください。

努さん:僕らが入社してすぐ、岡山県にある手づくりの靴屋「てのひらワークス」さんから「子供が大人になるまでとっておけるような、子供靴用の箱を作りたい」と依頼がありました。僕らはシール印刷屋なんですが、もちろん箱作りから着手しました。

まずはあちこちの箱屋を回って、職人さんに紙質などを相談しながら箱を作りました。

箱職人が「うちのは人が乗っても壊れないよ!」と胸を張る丈夫な貼り箱

努さん:次は箱に貼るシール。「透け感がある紙に刷りたい」という先方の要望に合わせて、妻がデザインしました。

千容さん:「てのひらワークス」さんのロゴがカタツムリだったので、シールには紫陽花の葉っぱをデザインしました。葉脈を細かく繊細に描くことで「子供が大人になるまでとっておける箱」というコンセプトにも通じる特別感が演出できるかな、と。

まるで葉脈標本のような細やかさ。「1本も逃さないぞ!くらいの勢いで描きました(笑)」と千容さん

―箱からシールにいたるまで、印刷屋としてのこだわりが感じられます。

努さん:僕が言うのも恐縮なんですが、「てのひらワークス」さんの靴は造りが特別なんですよ。一般の方だけではなく、足に悩みのある方や、体調に不安のある方への配慮も詰まっている。まさに“生活のための一足”だと感動しました。

印刷を生業にする者として、その一足に込められた思いを何としても印刷物で表現したかったんです。

千容さん:「てのひらワークス」さんに限らず、作り手さんって自分のものづくりに全集中している方が多いんです。プロダクトの魅力を最大限にアピールする印刷表現について、深く深く考えていても、上手くかたちにできないこともありますよね。

お客様が思い描くイメージを汲み上げて、組み立て、表現するのが私たちの役割だと思っています。

―コロナ禍で販売がスタートした、「マエダ特殊印刷」の布マスク手作りキット「ミナノマスク」についても教えてください。

努さん:昨年2月、全国的なマスク不足に先駆けて、フィルター用の素材を扱う取引先から相談がありました。「このままだといつかマスクが手に入らなくなる。このフィルター用素材で何かできないか」って。でもうちは下町のシール印刷屋なので、マスクを作れるような設備はありません。良いアイデアはないか社内で相談しているうちに、街中からマスクが消えました。

新型コロナウイルスが日本各地に広がったのはその直後です。身の安全を守るためにマスクが必要なのに、全然手に入らなかった。

世界を揺るがす緊急事態を前にして、僕らができることを考え続けた結果、どこのご家庭にもあるTシャツを使ってつくるマスク手作りキット「ミナノマスク」が誕生しました。

Tシャツに2回ハサミを入れるだけで誰でも簡単に布マスクが作れる。取り替え用フィルターも付属。

千容さん:当時、北海道や沖縄などの離島にもマスクがなくて困っている人がたくさんいました。なるべくお客様に金銭的な負担をかけず、全国各地に商品をお届けできるよう、最小コストで送れる箱パッケージにしています。

―次に発売した「ミナノカメン」も、お客さん自身がフェイスシールドにシールを貼ってお面を手作りできる製品ですね。

努さん:次はシールの特性を活かした製品を作りたかったんですよ。

当時4歳だった息子が、街中でフェイスシールドをしている人を不思議そうに見つめていたんです。その様子を見て、「感染対策用品のフェイスシールドをもっと楽しめるものにしたいな」と思い、「ミナノカメン」を作りました。

透明な「お面用パーツ」にシールを貼って作る自分だけのお面。ヒーローにも悪役にもなれる。

努さん:そして「ミナノカメン」が株式会社ヒキダシさんの目に留まり、「キン肉マンバージョンもできたらおもしろいですね!」とお声がけいただきました。こうして生まれた「ミナノカメン キン肉マン」は、今や各地の「キン肉マンKIN29SHOP」に並んでいます。

キン肉マンのファンの方には、子育て世代も多い。外出が困難ないま、家族でお面を作って、楽しい時間を過ごしていただきたいですね。

―いずれの製品も、ものづくりを始める良いキッカケになりますね。

努さん:「ミナノマスク」「ミナノカメン」の“ミナノ”には、“みんなの力で製品を完成させてほしい”という意味も込められています。

僕の祖父は、なんでも自分で作る人だったんですよ。仕事道具ひとつとっても、自分が使いやすいように全部加工して。そんな「ものづくりがある日常」で育ち、僕自身もものづくりを仕事にしました。だから皆さんにも「自分の手でものを作る楽しさ」を知ってほしいんですよね。

―「マエダ特殊印刷」の今後の展望は?

努さん:印刷業界は「お客様の情報を刷る」という特性上、閉鎖的になりがちなんです。でも僕らは、もっとたくさんの人たちに凸版シール印刷の楽しさを知ってほしい。とはいえ印刷屋に馴染みがない方もいますから、誰でも気軽に立ち寄れる場所を作りたいですね。「そういえばあのシール印刷屋さん、近所だったな。ちょっと顔出してみよう」ってくらい身近な存在になりたい(笑)

僕らはこれからも新しいシールをどんどん生み出していきますよ。それを発信していけば、きっと皆さんにも凸版シール印刷の魅力が伝わると信じています。

だってこの世には、シールを使ったことがない人なんていないんですから。

(了)

取材・文/佐藤優奈


株式会社マエダ特殊印刷 – ウエブサイト
マエダ特殊商店 – オンラインストア
ミナノPROJECT – プロジェクトサイト


HOT KEYWORD

WRITER

Sato Yuna

Sato Yuna

SHARE

RELATED

SPECIAL CONTENTS

RECOMMEND