女性革職人が恋した「廃盤金具」がよみがえるとき。《LONA × 富士産業 ものづくり対談》
- INTERVIEW
東京・合羽橋。飲食業向け専門店街の路地裏に、女性革職人・青木さくらさんがひとりで営む小さな革鞄店「LONA」があります。
青木さんは2020年にLONAをオープン。シェア工房からの独立を経て、この場所に店を構えました。
青木さんは、“金具ハンター”を自称するほどの大の金具好き。なめらかな質感の革製品に、時にはきらりと、時にはしっとりと馴染む金具を厳選し、買い付けています。
しかし、町中の問屋を回り、「これだ!」と思う金具を見つけても、十分に仕入れられないケースがあります。その理由は“廃盤”です。
追加で製造されることもない廃盤金具は、市場から姿を消し、いつしか幻となります。青木さんがひと目で恋に落ちた“とある金具”も、すでに廃盤になったデッドストック品でした。
「どうしてもこの金具を復活させたい」そんな青木さんに救いの手を差し伸べたのは、ある町工場でした。
今回は、青木さくらさん(LONA/写真左)と杉本秀樹さん(株式会社富士産業/写真右)の“金具復活ものがたり”をお届けします。
——青木さんは“無類の金具好き”なんですね。
青木さん: 金具だったらなんでもいいってわけじゃないですよ(笑) 私は金具からプロダクトのイメージを起こすことが多いんです。特にレトロな風合いの中に上品さを兼ね備えた「真鍮金具」がとても好きで。仕入れのために何件も金具屋を回っていると、たまに心をぐっと鷲掴みにする金具に出会える。その瞬間はテンションが上がりますね。「また新しいものづくりができる!」って。
青木さん:富士産業さんに製造をお願いした真鍮金具も、そんな“宝探し”の末にたどり着いた逸品でした。
——この名刺入れに使われているのが「例の金具」ですね?
青木さん:そうそう、良いでしょ?(笑) 1年ほど前、ある金具屋で見つけたんです。丸みを帯びたフォルムも、留め具のディティールもすごくかわいい。店内には何千点も金具があるのに、引き出しの隅にひっそり並ぶこの真鍮金具がひときわ輝いて見えました。もう完全に一目惚れです。
青木さん:購入を即決したら、店員さんに「それは廃盤になったデッドストック品だから、在庫はそこにあるぶんだけ」と告げられて…。
どうやらこの真鍮金具、一部が職人さんの手作りらしいんです。金具業界でも高齢化や後継者不足による廃業が相次いでいて、きっともう作れる職人さんはいないだろうと。
金具をイチから作るのには、材料費や専用金型代など、すごくお金がかかります。でもこの真鍮金具は、いくらお金をかけたとしても職人さんの技術がなくては作れない。この真鍮金具に出会えた喜びと同時に、もう廃盤になってしまった悲しみが押し寄せましたね。
青木さん:ひとまず店にある分を買い占めました。さらに店員さんの協力であちこち探してもらって、やっとの思いでかき集めたのが13個。
真鍮金具のデザインやその背景からインスパイアされて作った「Clasp-Oシリーズ(名刺入れ、財布)」は、あっという間に完売しました。
——再販を希望する声も多かったのでは?
青木さん:そうですね。でも「Clasp-Oシリーズ」は、この真鍮金具じゃないとプロダクトとして成立しません。それから頭の片隅には、いつもこの真鍮金具がありました。
半年ほど経った頃、「やっぱりあきらめられない!どうにかしてこの真鍮金具を作ろう」と決意しました。もうお金だっていくらかかってもいい、と(笑)そして富士産業さんに製造をお願いしたんです。
——ブランド立ち上げから間もない中での一大決心ですね。真鍮金具の発注先である富士産業にたどり着いた経緯は?
青木さん:この真鍮金具はいくつかのパーツに分かれています。色々と調べていくうちに、特に「起こし(留め具)」部分の製造や組み上げが難しいと知りました。
杉本さん:今や“失われた技術”ですからね。
青木さん:そうそう。その“失われた技術”も再現できる方を探していた時、知人が「葛飾に面白いものを作ってる町工場がある」と教えてくれたんです。それが富士産業さんでした。
青木さん:富士産業さんのインスタには、真鍮の風合いを生かした多彩なプロダクトが並んでいました。什器、小物、どれをとっても、デザインや佇まいがとてもすてき。それで勝手に「見つけた!ここだ!」って(笑)
杉本さん:うれしいですね(笑) ありがとうございます!
青木さん:(笑) 一体いくらお金がかかるのか、そもそも引き受けてくれるかすらわからない。でもこんなに面白いものを作っている人と一度話がしてみたい。そう思って、会いに行ったんです。
——富士産業は金属加工に強みを持つ鋼材問屋だと聞きました。とはいえ、今回の依頼には技術的なハードルもあったのでは?
杉本さん:うちは1969年創業の鋼材問屋です。金属素材の卸の他に、金具や什器などの受注生産・加工も行なっています。
青木さんの真鍮金具は、「プレス」「切削」「フライス」「彫刻」など、金属加工のあらゆる技術を総動員しなければならない代物でした。さらに複数のパーツに分かれているため、最終的にパーツの組み上げ作業も必要です。
あとは“廃盤”というだけあって、設計図や金型などの情報も一切ないわけです。実物を見て仮の部品を作り、微調整しながら仕上げていくしかありません。そういった点から、依頼を断る会社も少なくないと思いますね。
——なるほど…そんな背景がありながら青木さんの依頼を請けた理由は?
杉本さん:青木さんが初めて来社された際に、3時間くらいかな、金具について熱く語り合って(笑)
青木さん:すごい迷惑でしたよね?だって金具の話ができる人ってそうそういないから、もううれしくて(笑)
杉本さん:いやいや、彼女の「金具」と「ものづくり」に対する熱意が伝わってきたんですよ。扱う素材は違えど、僕たちも同じく「ものづくり」をする職人ですから。損得勘定は抜きに、何としてでもその想いに応えたかった。職人の熱意は、僕ら職人を突き動かすんです。
——ものづくりをする者同士、共鳴する部分があったんですね。真鍮と革は全く異なる素材ですが、何か共通点はありますか?
杉本さん:そういった意味では、「エイジング(経年変化)」でしょうか。真鍮は使い込むごとに異なる表情を見せてくれます。それも持ち味のひとつです。当社では、素材に表面処理を施し、アンティーク風に仕上げる「エイジング加工」も人気です。
青木さん:革製品も使っているうちにだんだんと馴染んで、色味や手触りが変わっていきますね。LONAのプロダクトも、エイジングを楽しみながら愛着を持って使い込んでいただけたらうれしいです。
——この真鍮金具を作る上で、苦労した点はどこですか?
杉本さん:ゆるやかなカーブの「カイナリ(台座)」部分は、作るのに特殊な削り出し技術が必要なんです。それができるベテランの職人を確保しないといけませんでした。
青木さん:杉本さんが探してくださったご高齢のベテラン職人さんが、無事引き受けてくださいました。
杉本さん:その他のパーツは社内で製造し、組み上げました。製造過程で時間がかかるという点で言えば、「起こし(留め具)」と「カイナリ(台座)」の組み上げですね。バネの太さや巻き数、「起こし」の倒れ具合によって、プロダクトの印象は大きく左右されます。使用感に気を配りながら、微調整を何度も繰り返さないといけない。
青木さん:留め具のバネって本当に大事ですよね。固すぎても、ゆるすぎてもダメ。
杉本さん:人って一度「あれ?」と思うと、その違和感がいつまでもつきまとうんですよ。名刺入れのような、日常使いするプロダクトの金具を作る上で、僕らは「クリック感」を大切にしています。マウスをクリックする時のような、自然でリズミカルな動きが理想です。
——お二人のプロダクトに対する並々ならぬ熱意が伝わります。今後どういったものづくりをしていきたいですか?
杉本さん:僕は社長から、アイデアをかたちにする喜びを教わりました。今度は僕がそれを若い世代に伝える番だと思うんです。ものづくりをする若者や学生さんって、お金はなくても素晴らしいアイデアを持っている方が多い。できる限り協力して、一緒に新しいモノを生み出したいですね。
青木さん:私はLONAのプロダクトで誰かを幸せな気持ちにできるのが一番うれしいんです。だから今後も“妥協しないものづくり”を続けていきたいですね。自分が自信を持てるプロダクトでこそ、お客様を喜ばせられると思うんです。何事もあきらめずに、常にものづくりに貪欲でありたいですね。
取材から2ヶ月——
青木さん待望の真鍮金具がついに復活を遂げました。パーツには、「LONA」の文字がしっかりと刻まれています。
ものづくりの背景には、それを支えるものづくりがあります。LONAにとって富士産業がそうであったように、数々の職人の技術とこだわりが融合した末に、私たちの心を射抜くプロダクトが誕生します。
6月7日。LONAが1周年を迎えるこの日、よみがえった「Clasp-O card case -ento-」が店先で訪客を出迎えます。幾重にも重なる職人たちの情熱とともに。
(了)
取材・文/佐藤優奈
LONA https://www.lona.jp/
株式会社富士産業 https://www.fujisanngyo.co.jp/