ジャズの新たな横顔|UKジャズ・シーンに見る可能性

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ジャズの新たな横顔|UKジャズ・シーンに見る可能性

ジャズ発祥の地とされているニューオーリンズをはじめ、「Wally’s Café Jazz Club」で知られるボストン、「American Jazz Museum」や「Blue Room Jazz Club」のあるカンザスシティ、「Cotton Club」や「Blue Note」、「Birdland Jazz Club NYC」などが揃うジャズの聖地ニューヨーク……ジャズと言えばアメリカというイメージはもちろん間違いではないが、ここ数年で大きなムーブメントが巻き起こっているのはイギリスだ。今から4年ほど前にあたる2017年は、このUKジャズ・ムーブメントのルネサンス・イヤーとも言われている。

これまでのジャズに囚われることなく、さまざまな要素や独自性を取り入れながら進化してきたUKジャズ。あらゆる面でクロス・オーバーを成し遂げ、新たなジャズの在り方として今もなお勢いは止まりそうにない。その一大ムーブメントの背景を語るためには、「Tomorrow’s Warriors」(トゥモローズ・ウォリアーズ)について触れずにいられないだろう。

Tomorrow’s Warriorsが与える未来

Tomorrow’s Warriorsとは、ジャズを学ぶ環境に恵まれてこなかったアフリカン・ディアスポラの若きミュージシャンなどに対し、教育の場を提供しているミュージシャン育成支援団体だ。ジャズ・ウォリアーズのベーシスト、ゲイリー・クロスビーによって1991年に設立され、モーゼス・ボイドやヌバイア・ガルシア、ジョー・アーモン・ジョーンズ、シャバカ・ハッチングスなど、UKジャズ新世代と言われるアーティストたちを続々と輩出してきた。

Tomorrow’s Warriors (YouTube)

Tomorrow’s Warriorsでは、ミュージシャンの育成のためにさまざまなプログラムが用意されている。驚くべきなのが、どのプログラムであっても受講はすべて無料であるということだろう。環境が恵まれてさえいたならば、より多くの子供たちがミュージシャンとして活躍できるはず。ゲイリー・クロスビーのこの思いが、誰でも教育を受けられる環境を生んだ。プログラムを受講するためにはオーディションを合格しなければならない、なんて縛りも存在しない。

肝心なのがどのようなプログラムなのかというポイントであるが、Tomorrow’s Warriorsが提供するのは、高度なテクニックが身に染み付くまで叩き込むような教育ではない。自由に調理できる材料を、あれやこれやと手渡していくかのようなサポートが繰り広げられているのだ。

つまり若きミュージシャンらに提供されてきたのは、ジャズ理論やハイレベルな演奏技術ではなく、彼らのオリジナリティや自発性に寄与するような、必要最低限の技術。新世代UKジャズシーンを担う者たちに与えられているのは、そこから広がる選択肢という名の未来だ。UKジャズがこれまでのジャズ・シーンには見られなかったような独自性と面白さに満ちているのは、この背景が大きく作用しているだろう。UKの若きジャズ・ミュージシャンたちにとってのジャズとは、辞書で引いたようなジャズではなく、より大きく開かれたドアであったのだ。 

アウトプットを担うJazz re:freshed

新世代ジャズ・ミュージシャンを支えてきたのは、Tomorrow’s Warriorsという教育の場だけではない。彼らのパフォーマンスとさらなる交流の場として、「Jazz re:freshed」(ジャズ・リフレッシュド)が大きな意味を持っていたことにも触れておこう。

2003年、ジャスティン・マッケンジーとアダム・モーゼスの2人によって始動したJazz re:freshed。西ロンドンのクラブイベントから生まれたジャズ・コミュニティだ。彼らが行ってきたのは、古びたお堅い音楽というイメージのこびりついたジャズを、改めて再定義することだった。

ブロークンビーツをはじめ、ラテンやアフロ・ジャズ、オルタナティブ・ヒップホップ……凝り固まったジャズのエリート主義を打ち壊すかのように、さまざまな音楽からインスピレーションを受けた新たなジャズが構築されていったのである。

jazz re:freshed(YouTube)

Jazz Re:freshed の動きは、新たなジャズの構築、そして若きジャズ・ミュージシャンたちへのパフォーマンスの場の提供に止まらない。『Jazz Re:freshed Vol.1』(2008)のリリースからアシュリー・ヘンリーの『Ashley Henry’s 5ive』(2016)、1000 KINGSの『Raw Cause』(2018)など、レーベルとしての活動も盛んに。まさにリフレッシュされたジャズが数多く世に放たれてきた。

アウトプットを担ってきたのは、Jazz Re:freshedだけではない。レコーディングもライブも行える「Total Refreshment Centre」、ジャズとファンクを中心に新たなサウンドを持つミュージシャンが集う「Church of Sound」など、パフォーマンスと交流の場が充実していたのもUKジャズ・ムーブメントの1つの要因だ。Tomorrow’s Warriorsをはじめとするインプットの場、Jazz Re:freshedをはじめとするアウトプットの場の双方が整っていたからこそ、今のUKジャズ・シーンがあると言っていい。

Nérija Music(YouTube)

誰もが主役となれる音楽シーンに

UKジャズ・シーンで見逃せないのは、女性アーティストの活躍だ。Tomorrow’s Warriorsでは「Female Collective」と称された女性アーティストたちのためのプログラムがあるだけでなく、アーティスト育成支援団体である「PRS Foundation」では女性アーティストのサポートを目的とした「Women Make Music」が立ち上がったほか、音楽フェスにおける男女出演機会平等を目指す動き「Keychange」も始動した。そのような誰もが主役となれる音楽シーンを目指す動きの中で、数多くの女性ジャズ・ミュージシャンたちが活躍を見せている。

その代表的存在とも言えるココロコは、トランペットのシーラ・モーリスグレイ、アルト・サックスのキャシー・キノシ、トロンボーンのリッチー・シーヴライトの3人をフロントに展開しているバンド。

Sofar Sounds(YouTube)

英音楽レーベル「Brownswood Recordings」主宰のプロデューサー/DJであるジャイルス・ピーターソンが監修したUKジャズコンピ『We Out Here』(2018)では、ラストを飾っている。

Brownswood Recordings(YouTube)

また、ココロコでも活躍するキャシー・キノシやシーラ・モーリスグレイなど4人の女性アーティストが所属するシード・アンサンブルは、Jazz Re:freshedからデビュー・アルバムとなる『Driftglass』(2019)をリリースした。

BBC Music(YouTube)

エズラ・コレクティブのジョー・アーモン・ジョーンズが客演するほか、モーゼス・ボイドやプーマ・ブルーの作品にも参加しているチェルシー・カーマイケル、UKジャズシーン最重要女性ピアニストであるサラ・タンディも参加している本作。オールド・ジャズ、ニュー・ソウル、さらには西アフリカやカリブ音楽の空気も取り入れており、「ジャズとは◯◯でなければならない」、「ジャズは◯◯のもの」……そんな時代はもう終わりであるということを告げるかのような1枚だ。

可能性は作るものであるということ

UKジャズ・ムーブメント、さらにはUKジャズ・シーンを取り巻く環境を見ていると、可能性とは単にある/ないのものではなく、今のところ可能性がなさそうであるならば、《作ればいい》ということを感じざるを得ない。

同じところで循環していくのではなく、新たな要素も巻き込みながら広がっていく可能性。閉鎖的でエリート主義、多文化的風景とはミスマッチだという印象を持たれがちだったジャズは今、新たな可能性に満ちている。


Text:猫山 文子

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